『コンピュータ』 の記事

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2009年5月20日

なかなか使いやすいUSBレコードプレイヤー

USBレコードプレイヤー AT-PL300USB

USBターンテーブルを購入するに至るまで
事務所の棚の一角を占めるレコードを処分しようと決心し、どこに売るのが一番お得なのか?ネットを調べたり、友人に尋ねたりしていたのだが、せっかく集めた音源なのでただ処分するのはあまりに寂しい(惜しい、悲しい、無念?様々な感情が入り混じる)ので、せめてジャケの写真は撮っておこうと、200枚ほどをホワイトスチレンボードを背景に、和紙スクリーンで室内に差し込む光を拡散させて、1日がかりで撮影した。1枚1枚はたきで埃を落としてから撮影し、ジャズ、ジャズ・ボーカル、ボサノヴァ、サントラ、オルタナティヴ・ロック(昔は New Wave と言われていた)、60’s と売りやすいようにジャンル分けもした。そうして撮影したジャケ画像をPCでスライド・ショーにして眺めていると、ジャケ全体のデザイン・コンセプトが明快に見えてくると同時に、手に持って眺めるときには気がつかなかったオーラとも言うべき経年変化がなぜかデジタル画像は写しだしていることに気が付いた。複製技術によって生まれたレコードは量産されることによってアウラを喪失しているはずだが、個人の手に渡った後は「時間と空間が縺れ合って、(中略)一回限りの現象」(ベンヤミン『複製技術時代の芸術作品』)がオーナーとレコードの間に生じるのかもしれない。・・・・・・といった感じにセンチメンタルに浸りながら哲学する自分を楽しんだし、さっさと売ろう!と決心してみるのだが、ジャケ画像を眺めていたら音も聴きたくなってきたので、ターンテーブルを買ってPCに録音してからレコードを売ることにした。

レコードプレイヤーを選ぶ
父からもらったテクニクスの SL-1200(初代!)を持っていたのだが、10年ほど前からレコードを買うことはなくなり、更に5年前にフォノアンプが壊れからレコードを聴いていなかったこともあり、昨夏に事務所を改装した際に SL-1200 は処分してしまった。なのでレコードを聴くためにはターンテーブルを新規購入しなければならない。「今どきレコードプレイヤーを買う人なんているのかな?」と思いながらアマゾンを検索してみると、驚くことにかなりの種類の製品がある。SL-1200 は Mark6 が出ているし、Vestax、ソニー、デノンなども継続して製品を供給している。売れ筋は、1万円前後のフォノアンプ内蔵の安価なプレイヤーで、ラジカセなどのAUXに接続すればフォノアンプが無くても聴くことができる製品である。このランクの製品にはPCへの録音が手軽なUSB接続できる製品が最近出てきている。僕の PC にはミニジャックの内臓サウンド・カードしかないが、フォノアンプやオーディオ・カードまでそろえるつもりはなかった。①手軽に録音でき、②低性能と思われる内臓サウンド・カードを使わないで、③しかも安価に機材や録音ソフトをそろえることができる、ということを考えて USB 接続可能なプレイヤーで一番安価なオーディオ・テクニカの AT-PL300USB(購入時¥15,761)をアマゾンで購入した。他の同様な機能の製品としてソニー PS-LX300USB(2万円強)がある。

実際に使ってみて
初めてフルオートプレイヤーを使ったのだが、"START"ボタンを押すだけでアームが自動的に動き、カートリッジがレコードにダウンするので、それだけでレコードを掛ける手間がかからず結構手軽に聴ける。使い勝手が良いので「全部処分するのは止めて、いらないレコードだけ売ることにしよう」と心変わりした。PCへの録音は付属の録音ソフト「Audio Creater LE」で行うが、操作は簡単。この手のソフトを使うのは初めてなので、機能や使い易さが他の製品と比べて優れているのかどうかはわからないが、僕には十分のようだ。録音したデータはレコードのA面B面ごとに wav データで保存している。wavで保存している理由は、①後々曲ごとの切り分けなどの編集作業をする気になったときに、録音データは非圧縮であった方がいいだろうということと、②非圧縮なのでデータサイズは大きいが、録音するレコードは150枚程度なのでハードディスクを圧迫することはないからである。「Audio Creater LE」は mp3 データへの保存は限定的で、ユーザ登録後1カ月間しか mp3 エンコーダを使用することができない。継続的に使用するユーザは約2000円でmp3エンコーダのシリアル番号を入手することができるのだが、そんなケチなことはやめた方がいいと思う。というのは mp3 エンコーダはフリーソフトも入手可能なようだし、iTunes ユーザなら AAC エンコーダで wav データを m4a データに簡単に変換できるので、安価なレコードプレイヤーでしかも USB接続可能な製品を買うようなユーザがわざわざ有料オプションの mp3 エンコーダを購入するとは思えない。このような有料オプションはユーザに悪い印象しか残さないのではないだろうか?(と少なくとも僕は思う)

その他気がついたこと
録音するとなるとレコード表面の埃が気になるので、レコードクリーナーも買った。プレイヤーのメーカーと同じオーディオ・テクニカの製品で「レコードクリニカ AT6017」。静電気の発生しにくい湿式で、キレイに埃が取れオススメ。

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2009年3月17日

Twitterを始めてひと月

伏見稲荷

昨夜、NHK BS1「きょうの世界」11時台で Twitter の特集があった。Twitter とは、ひとり言をつぶやく場所を提供し、それを世界に発信するウェブ・サービスである。番組によると、アメリカでは Twitter のつぶやきが重要度や影響力の高い情報となってきているということであった。

僕自身はTwitterをはじめてひと月ほどなのだが、僕の 3D 空間に住まう (このような表現をするのは、もはや「現実」や「リアル」という言葉の意味が変化し始めているなぁと最近実感するからである) 友人知人からこのサービスを教えてもらったのではなく、ネットでその存在を知った。このウェブ・サービスでできることは、

  1. 1投稿当たり140字以内のテキストをポストすること
    (タイトルをつけなくてよいところが良い)
  2. そのテキストを自分と自分のフォロワーの画面にリアルタイムに表示すること
  3. 自分をフォローしている人の「つぶやき」を自分の画面にリアルタイムに表示すること

基本的に以上の3点だけである。ダイレクト・メッセージという機能もあるが、僕が思うに重要な機能ではない。ウェブ・サービスとしては3年ほど前からあるらしく、また似たような他のサービスも存在し、「ミニブログ」というカテゴリーに属するようだ。mixi でも「エコー」という表面上似ているサービスがある。

どうしてこんなサービスがあるのかよくわからない、というのが僕の最初の印象だった。なぜなら、何の役に立つのか?はっきりしないし、他人が聞いてくれているかどうかわからないから消極的なコミュニケーションしかとれなさそうだし・・・。まぁ、やっているうちにわかるだろう。このわからなさが Twitter の魅力のように思えるし、日本で一般的に知られるまでに3年もかかった理由だろう。

先に述べた自分のフォロワーや自分をフォローしてくれる人を探すには、ウェブ・メーラの連絡先を利用する方法がある。Gmail や Hotmail のユーザなら、Twitter から連絡先を読み込み、Twitterを利用している友人・知人を探せる。僕は、Gmail ユーザだが、連絡先に登録してある200人中 Twitter ユーザはわずか3人だった。200人のうち、半数は mixi に登録していると考えられるので、これは極めて少ない。ちなみにmixi の「エコー」もほとんど使われていないようだ。そんな感じなので、日本では全然流行っていない Twitter だが、そのうちブレイクするのではと思っている。

それでも注目されている理由だが、次のことにあると思う。

  1. 少し愚痴をこぼしたい、ちょっと自慢したい、多少とも共感したい、というささやかで自分でもすぐ忘れてしまうような感情を受け入れてくれる場所を提供するウエブ・サービスは今までなかった。
  2. 電話やメール、チャットのように、一対一のコミュニケーションではないので、「つぶやき」を言いっ放しにしておいても、他人の「つぶやき」に共感しても放置プレーしてもよい。それが前提として認められていので、自由に振る舞える。mixi のように足あと付けて廻ったり、ブログのようにコメントして回るような気づかいは(いまのところ)必要ない。
  3. Twitter上のフォロワーたちの情報はリアルタイムの口コミ情報であり、ある程度の信頼性がある。google 検索などの検索エンジンで得られる情報は、検索ロボットの巡回によって集めれれているので、ニュースのようなリアルタイム情報は検索に引っ掛からない。また、ネット上の膨大な情報から必要な情報が得られるにしても、ユーザのリテラシーがあるほど、その真偽を判断するのに疲れてしまっているのではないか。

他にも情報をカテゴリーに分けるという概念が、希薄で働きにくいことや、自分に身近な情報をやり取りしていたつもりが、スモール・ワールド現象的にずいぶん遠くまで届く、ということなどもあるだろう。

なんだか Twitter 的ではない方法で Twitter を語ってしまいましたが、新しいタイプのウェブ・サービスであることは確かだと思います。ブログにもTwitterのウィジェットを貼り付けてみました。ちなみに僕のTwitterのアドレスを下記にお知らせします。
http://twitter.com/buryoshaki

今日の写真
今月初めに、京都へ行ってきました。写真は10年振りに訪れた伏見稲荷の鳥居です。 Twitterのタイムラインをイメージしてみました。


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2009年3月4日

MTOS 4.24 へセキュリティアップデート

IMGP6588.jpg

セキュリティアップデート Movable Type 4.24 の提供が開始されました。Six Apart のアナウンスでは「特殊な操作を行うと、サインインしていないユーザーが特定のユーザーのプロフィール編集画面にアクセスできてしまう」となっています。文字通りなら、僕の場合、自分のサーバに他人のブログや他のユーザを登録していないので、問題なさそうなのですが、「サインインしていないユーザ」の範囲が僕の思っている以上に広いと問題なので、MTOS 4.24へアップデートしました。いつもアップグレードの手順を忘れてしまうので、備忘録を残します。

  1. MySQLのダンプ
    xreaの監理メニューから保存したいデータベースにチェックを入れて保存ボタンを押す。ダンプファイルは /virtual/user_name/ に作成される。
  2. ダッシュボードからブログのバックアップ
    ツールメニューからバックアップを選び、圧縮フォーマットzipをチェックしてバックアップを作成。ローカルへDLできる。圧縮しないとサーバルートのtmpディレクトリにバックアップファイルが作成されるので、注意(利用者の名前も他人から見られてしまう)。
  3. mt-config.cgiのバックアップ
  4. mtos 4.23 を mtos 4.24 へ上書き
  5. サインイン>データベースのアップグレードが始まる

以上で終了です。

今日の写真
今回も川口メディアセブンのイベント「55km2」で撮影した写真。峯八幡宮の東側の崖のある未舗装の道から市内を眺めた景色です。かなり高圧線が目立ちます。

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2009年2月27日

USBメモリからKNOPPIXをブートする

IMGP6844.jpg

昨年末にハードディスクがクラッシュしてWindowsが起動ができなくり、大変な騒ぎでしたが、ブートセクタがおかしくなっただけだったようなので、KNOPPIXをCDに焼き、CDドライブからOSを起動することにより、データを救出することができました(参照>ハードディスククラッシュ顛末記)。このような緊急事態がしょっちゅう起こらないことを祈るばかりですが、CDからのKNOPPIX起動、操作は、ハードディスクと異なりアクセスに非常に時間がかかるので、USBメモリからKNOPPIXを起動すれば快適だろうと思い、今後に備えてUSBメモリにインストールしてみました。以下備忘録。

検索して調べてみたところ、一番簡単そうだった次の方法で作成しました(参考>USBブートするKNOPPIXを作ってみた。 – linoの日記)。

必要なもの

  1. KNOPPIXをブートできるCD、DVDなど(無い場合はあらかじめ作成しておく)
  2. USBメモリ(僕の使用した物は、SanDisc製、8G、FAT32フォーマットで、既にPortableアプリやデータなど入れて使用しているものです)

作成方法

  1. KNOPPIXをブート
  2. USBメモリを差し、認識されたらマウントを解除
  3. メニューのKNOPPIX – root shellを起動する
  4. shelll上で"mkbootdev"と入力する
  5. メニューに従ってインストール

これだけで簡単にKNOPPIX起動USBメモリができました。CDと比べると格段に快適です。

ここでふと思ったのですが、Windows もUSBメモリで起動できれば便利ですね。必要なポータブル・アプリケーションもインストールして持ち歩けば、(何がインストールされているかわからないようなPCを使わなければならないときは)外出先のPCをUSBメモリでブートして普段と同じ環境で使用できますし、完全に使用履歴がそのPCに残らないと思うので(U3や PortableAppsも履歴が残らないが)安心ですよね。 Windows Portable なんていうUSBメモリから起動できる製品があれば結構売れるかも知れません。もし製品化されてもアクティべーションの問題があるので、USBメモリへのプリインストール版とかにはなってしまうと思いますが。

ちなみに PortableApps.com の Applications タブに Operating System カテゴリがあり、Linuxを組んだものは Comming soon だそうです。Firefoxなども使えますしGmailなどのクラウド・サービスはブラウザさえ使えれば問題ないわけですし・・・Windows環境にこだわる最大の理由は、PhotoshopやVectorworksなど市販アプリケーションがWindowsやMacでなければ使えないということですかね。

今日の写真

先日参加した川口メディアセブンのイベント"55km2"で撮った三地蔵。とても温かそうです。場所は川口と越谷の市境付近の越谷側です。


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2009年2月8日

PHP5、Apache2.2のインストール

なんとなくPHP5とApache2.2を自分のWindows XP環境で動かしてみたくなり、インストールすることにした。世の中にはPHPとApache、MySQL等をいっぺんにインストールできる便利なパッケージ”XAMPP”や”VertrigoServ”があるが、PHPやApache、MySQLそれぞれは独立したシステムであり、メージャーバージョンアップやセキュリティー対応等の修正版などは同時にリリースされるわけではないので、それぞれ個別に配布元のサイトからダウンロードし、インストールした。以下備忘録である。

PHP5.2.8のインストール

  1. php.net から PHP5.2.8 zip package をダウンロードする。後で気がついたが、このzip パッケージには、PECL が付いていない。msi インストーラ版にはすべて付いているようなので、そっちの方が良いかも。
  2. c:\phpを作成し、その中にzipファイルを展開する。c:\Program file 内にインストールしないのは、php.net のドキュメントによると、フォルダ名にスペースが含まれるパスへのインストールは非推奨となっていたからである。
  3. 環境変数の Path を通す。設定方法は、コントロールパネルから

    システム>詳細設定タブ>システム環境変数欄の Path を選択>編集ボタンを押して ;c:\php を追記

    “c” の前のセミコロン “;” を忘れないように。セミコロンは区切り文字である。再起動することにより有効となる。

  4. php.ini の編集をする。セミコロンを消すと有効になる。

    拡張モジュールのディレクトリ設定

    extension_dir = "C:/php/ext"

    Webサーバーのドキュメントルートを設定

    doc_root = C:/Program Files/Apache Software Foundation/Apache2.2/htdocs

    日本語環境の設定をする。UTF-8が主流になってきたことを考えつつ、EUC-JPで書かれたスクリプトが多数あることも考慮して選択。

    default_charset = "UTF-8"
    extension=php_mbstring.dll
    mbstring.language = Japanese
    mbstring.internal_encoding = UTF-8
    mbstring.http_input = pass
    mbstring.http_output = pass
    mbstring.encoding_translation = Off
    mbstring.detect_order = UTF-8,SJIS,EUC-JP,JIS,ASCII
    mbstring.substitute_character = none;

Apache 2.2.11 のインストール

  1. http://httpd.apache.org/ からWin32 Binary OpenSSL実装版インストーラ(サーバを公開する予定はないが・・・)をダウンロードしてインストール
  2. confフォルダ内のhttpd.conf の編集Apache2.2用php5モジュールをロード。LoadModuleはアルファベット順に並んでいたので、それに倣うことにした。
    LoadModule php5_module "c:/php/php5apache2_2.dll"
  3. phpを実行させるための記述をする。AddType application が記述されている後に追加。
    AddType application/x-httpd-php .php
    AddType application/x-httpd-php-source .phps
  4. phpがApacheで作動するかのテストは以下のソースをtest.phpとでもいうファイル名でドキュメントルート\Apache2.2\htdocsに置く。
    <?php phpinfo(); ?>
  5. ブラウザに “http://localhost/test.php” と入力し、phpinfoが表示されれば成功。うまくいかない場合は、php.ini , httpd.conf をもう一度見直した後、Apache をリスタートさせてからブラウザを再表示させる。

参考書籍:「まるごとPHP ! Vol.1」(インプレス)。
参考HP:phpマニュアルApache HTTP サーバ バージョン 2.2 ドキュメントPHPBOOK


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2009年1月30日

「アーキテクチャと思考の場所」を聴いて―その2―

昨日途中になってしまったシンポジウムの備忘録の続きです。パワーポイントの画面が見えなかったり、ライブ映像が途切れたりなどありましたが、めげずに視聴覚教室から講堂へ移り、あふれる聴衆をかき分けながら、最後尾に立ちながら続きを聴きました。メモはかなり途切れがちなので不明点が多い点はご容赦ください。

その1の記事は、こちら

磯崎:・・・・(そんなわけで前半の話不明)・・・・建築家と名乗ることの気恥ずかしさウンヌン・・・・・「プロセス・プランニング論」は大分図書館の設計が終わってから書いた。これは事後的であり、こじつけとも取れる。富士見カントリークラブの設計はゴルフもやらない人間(磯崎)が設計したにもかかわらず評価された。わからない者がわからないことをやる、しかし事後的合理性があったりする。(ここからは筆者の想像だが)建築はプレ的に設計されているように見えるが現実的には全然そうではなく、むしろ濱野氏のいうネットワーク・アーキテクチャの生態系と位相的に同じものとしてとらえることもできる。アーキテクチャとは何かというとだが、、近年では世界銀行総裁のような人などはメディアに”Architect”として登場するわけで、建築、コンピュータ、社会システムなど何かしらのシステムの構築にかかわるものはすべてアーキテクトとなってきているから、その意味が拡大していくことによって、アーキテクトが消滅するのでは?と感じている。
(ここも筆者の想像だが)このシンポジウムでのアーキテクチャ、アーキテクトの使い方は、多様な意味を持ってきたこの言葉を、無理に統合しようとしているように感じるので、再定義、整理の議論が必要である。

東:・・・・有限責任会社ABC、デリダがウンタラカンタラ、無限のコミュニケーションがナニガシ・・・・では宮台さんお願いします。

宮台:このシンポジウムは失敗なような気がする・・・・。まず昔と変わっていない点として、正しいとか公正であるというような再配分できない議論はやっても意味がなくて、(倫理感情ではないレベルで)社会秩序を設計し、そこで起こる行為を(事後的に)分析・観察することでしか意図せざる結果に対応できる社会システムは作れない。そういった社会を作るための秩序設計が求められている。リスクは予測、計測、収集が不可能なので市民政治による合意でそれに対処するしかない。ネットワーク世界が自然生成的に見えるなどの自立性・予測不可能性については金融工学の世界ではとっくにわかっていて、リスクを(証券化などで)分散してもむしろ増大してしまう。最初に「このシンポジウムは失敗だ」と言ったのは、何だか空回り感があるからで、アーキテクチャの議論がトライブ化しているように感じられたからだ。またロスジェネ世代の批評家の言論に公共性が感じられないからでもある。・・・・空間経済学的には非正規雇用を禁止することは国民の首を苦しめるだけのことは(識者たちには)最初からわかっているが、最も効果的な政策を提示しても合意が得られず、ポピュラリティによる合意でしか決定していく方法がないことである。・・・・新しい変数がウンヌン・・・・

浅田:僕はこのシンポジウムは成功していると思う。新鮮な気分で聴いていた(本当か?)(今までの話をまとめ気味に)ポストメタボリズムである磯崎氏の大分図書館は切断と死、濱野氏はそれを切断しない。磯崎氏はアーキテクチャの自立性をペシミスティックに捉えるのに対し、コールハースは規則ある無秩序が面白いというシニカルな立場である・・・・

・・・・このあたり浅田、東のバトル・・・・

東:webの自立性、自然生成性が議論の・・・・宮台さんに公共心が無いとか言われて黙ってられない・・・・

・・・・このあたりもバトルだったような気がする・・・・

濱野:ヒロユキはウェブサービスを構築する時に「都市を作りたい」と言っていた・・・

宇野:宮台さんは全体的な知、東さんは分散的な・・・・

・・・・この辺りから濱野氏も加わり、議論の中心はヒロユキの意図せざる公共性について展開というかむしろ収束し、それを語る本人も自分がヒロユキのことを議論してしまうことに対してもどかしい様子。

磯崎:グレッグ・リンの自然生成し変化していく建築を(いつ誰がどのように)切断するのかについての話題。

東:どこで切断するかは、自然生成されていく過程をログに取れば過去に戻って決定することもできる(というようなこと)

宮台:(何度も映画メメントの主人公を例えにしながら)僕たちは、もはや切断が認識されない社会に住んでいる。

東氏、まとめに入るが、濱田、宇野の言ったことはよくわからなかった。

磯崎:(少々無理やり建築の話題にシフト)磯崎アトリエでも製図台が無くなって久しいが、CAD化に対しての一番の問題は、現実の建材の重さを感じずに設計が進むことにある。CAD図面はあれほど整合性がとれているように見えるのに、現場に入って初めて製作最大寸法や最大揚重を考慮してなかったことによる問題が認識されるということが非常に多くなっている。(筆者の想像だがこんなことを磯崎さんが話したのは、今日の議論はなんだか観念的だったし、磯崎さん自身もそういう話題は得意だけど、アーキテクチャを思考するということは、軽視されがちな生々しい現実と繋がっていなければ上手くいかないんじゃないの?」ということのように感じた)

浅田:アメリカのようにネットが政治的な影響力を持ちすぎるのは大問題で、日本のようにネットの影響力はヒロユキだかなんだか知らないけど、そういうネタ的なところでとどまっているというのは、むしろマシなことなんじゃないの的なことを最後に話して、「家が京都なので今帰らないと帰れなくなってしまうので・・・」と言って舞台より立ち去る。

宮台:(なんだかどうでもよくなってきたようで)初音大好き!を連発して、今日の発言をすべて投げ出し、東氏に最後を託す

東氏による締め。---拍手喝采---
という感じで、大変盛り上がり世界文明を満喫したシンポジウムでした。

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2009年1月29日

「アーキテクチャと思考の場所」を聴いて

1月28日(水)17:30~20:50、東京工業大学 世界文明センターで開かれた公開シンポジウム「アーキテクチャと思考の場所」を聴きに行ってきました。司会:東浩紀、登壇者:浅田彰、磯崎新、宇野常寛、濱野智史、宮台真司、というそうそうたる顔ぶれで、どんな議論が交わされるのか非常にたのしみにしておりました。

東工大の最寄駅大岡山のひとつとなりの洗足で降りて、坂本一成の”House F”を(勝手に)見学してから東工大キャンパスに向かいました。開演30分前に到着したのですが、すでに講堂の600席は満席で、ライブ映像が放映される視聴覚教室も立ち見が出るほどの盛況でした。以下備忘録です。非常に早口の方々(磯崎さんは例外でゆっくり話をした)メモを取るのが大変で、かつ、議論のコンテキストを事前に身に付けていないとわからない内容が多かったため、私が誤解している箇所が多々あると思いますが、そのあたりはご指摘いただけましたら幸いです。

東:監視アーキテクチャによる権力の不可視化により、昨今の「派遣問題」にしても誰が悪いのかはっきりしない状況の中、「私たちが住みたい都市」第4章(磯崎と宮台、山本司会の鼎談)での宮台発言『モニュメンタルな(固有名のある)建築はもう必要ない』として建築家は都市に対して無力であることを結論付けられた議論の続きをしてみたい。また10年前の「批評空間~批評の場所はどこにあるのか?」(1999年 東浩紀、鎌田哲哉、福田和也、浅田彰、柄谷行人の五氏が参加)から10年経つが、その間(重要な)批評家の名前に変化がないという無力感をなんとかしたい・・・・といったようなシンポジウム開催の概要と目的の発言。

濱野:(パワーポイントによるプレゼン。ライブ映像では全く見えなかった)情報社会学の立場から(コンピュータ)アーキテクチャの生態系を分析すると、コンピュータネットワークの世界ではTCP/IPなど基底インフラとなるプラットフォームが非常にオープンで自由度が高いために、その上部にある開発ソリューション、OS、アプリケーションといったものが生態系が自然生成して進化してきたように見える。その進化の過程は、ある目標やロードマップ(アレクザンダーの”tree”を対比)が定められていたわけではなく、事後的合理性や意図せざる結果(アレクザンダーの”semilattice”を対比)の連続であったために、かえって進化の度合が早かった。磯崎の論文「プロセス・プランニング論」は大分図書館のコンセプトのプレゼンであるが(後の磯崎の発言により、プレではなく事後的な論文であったことが暴露される)そこには大分図書館が将来増築されることを想定されていることが書かれている。しかし建築は一回性のもので不可逆であるため、増築やリノベーションということが想定され、将来変化があるとしても、そのときそのときに建築は切断されリアルに実在してしまう。その点ニコニコ動画のシステムなどは永遠とベータバージョン更新され、ズルズル(と連続して)としていて自然成長的で、結果として進化が早い。それゆえ問題が見えづらい(その問題も進化したり変化したりするから?)という点もある。

宇野:(パワーポイントによるプレゼン。ライブ映像では全く見えなかった)「批評の場所はどこにあるのか」から10年間の変化として、アカデミズム的(浅田的)批評は衰退し、ジャーナリズム的(福田的)批評の方がまだ優勢で、新たな勢力として宮台・大塚的批評が力を持ってきた。右翼左翼等の言動は勢力の増すための活動ではなく、トライブ(島宇宙)の維持が目的となった。・・・・脱主体化、高流動化、WEBコミュニティを前提としたコミュニケーションの矮小化、ヒロユキ、ISEDなどの話・・・・結論>批評するということは、非モテの肯定であり、自分を癒す言葉である。アーキテクチャに期待してもしょうがない。

浅田:(メインフレームのコンピュータのスケジュールに合わせて解析をしていた学生のころと比べて)確かに自立分散型ネットワークは大きな変化であるが、情報環境のアーキテクチャは70年代も今も変わっていないと思う。・・・・マクルーハン、青木昌彦、鈴村興太郎などの話・・・・ネットの世界はの City ではなく小さな Village が乱立した。・・・・東氏と浅田さんのちょいバトル・・・・結論>昔から批評の場所はなかった。・・・・・

・・・・浅田さんの話が長くなり、東氏がそろそろ磯崎さんに話を振りたくなったころ・・・・突然ライブ映像が落ち、運営委員の学生の様子から、すぐには復旧しそうにないので(日本を代表する工科大学でこのようなお粗末は・・・そもそも映像の質も非常に悪かった)講堂に移動する。しかし非常に混雑していて、中に入り込むのに一苦労で、ようやく話が聴き取れる場所に落ち着くと発言者は磯崎さんに変わっていた。しかし人いきれが酷い。ホールズを舐めてみても気になる程。

磯崎:・・・・・ライブ映像の視聴覚教室から聴衆があふれる講堂へ移動し、一生懸命人を掻き分けていたので、前半の話不明・・・・・続きは明日書きます。(続きは、コチラ

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カテゴリー:コンピュータ, 建築 |  コメント (1) |  投稿者:hyodo

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