June 27, 2009
暑い日は生グレープフルーツゼリー

暑い日は食欲がなくなりますが、冷たいものなら食べられますよね。最近hyodo家で流行っている生グレープフルーツゼリーを紹介します。約5分で完成、材料費は130~150円です。不景気な世の中、コンビニなんかで無駄にお金を使わないで節約しながら、おいしくビタミンもいただきましょう。
材料>グラス4個分(100cc×4個)
グレープフルーツ 1コ、粉ゼラチン 5g(1袋)、砂糖 30~40g
作り方
- 粉ゼラチンを80°C のお湯 60cc で計量カップ(パイレックス 500cc が便利です)に溶かす
- 砂糖を計量カップに加えて溶かす。
- グレープフルーツを半分に切り、グレープフルーツ搾りで搾り計量カップに加える。更に水を加え、全体で400~450ccになるように調整する。
- よく混ぜてからグラスに分け、冷蔵庫で冷やす。

生グレープフルーツゼリーの写真を撮るのに、受け皿やスプーンをコーディネートしていたら、スプーンの刻印が気になってきました。このスプーンはウズベキスタンのブハラの骨董屋で買った銀のスプーンです。

肉眼ではほとんどわからないほど小さい刻印なので、等倍マクロレンズで撮影し、画面を拡大してみたところ、ソ連の鎌と鎚のマークが・・・・・・。ウズベクの骨董品と思いきや、ソ連時代のキッチン用品でした(笑)
投稿者 hyodo in
料理
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June 17, 2009
「おすすめ商品」機能をかわす
Amazonには、次のような便利な機能がある。
・この商品を買った人はこんな商品も買っています
・おすすめ商品
言わずとしれた機能だが簡単に説明すると、顧客一人一人のこれまでの購入履歴と「欲しいものリスト」に登録しておいた商品に関して、Amazonがその商品と他の商品の連関を統計的に分析し、その商品と売上げ上強い連関のある商品を抽出し顧客に提示することによって、新たな消費を顧客に呼び起こすという機能である。顧客にとっては興味が広がり、Amazonにとっては売上が伸びるという、良くできた機能である。
このようなシステムをレッシグは「アーキテクチャ」、東浩紀は「環境管理型権力」と呼び、人の行為を制約する力とみなし、鈴木謙介は「偏在するわたし」があらゆるところで立ち現れ宿命的な選択を迫られる、と言っている。その他さまざまなネット社会分析の書籍でも、大方「モニタリングされているのはちょっと怖いけど、便利だからどうしようもない」という少し批判しながらも対抗手段はないので、今は傍観するしかないというような意見が大勢である。
そこで、僕はささやかな反抗を試みている。
「おすすめ商品」は図書館で借りる、のである
残念ながら借りられるものは書籍と一部のCD、DVDに限られてしまうが、少なくとも僕の場合、これでAmazonでの購入金額は半分は減った。そんなわけで、僕はせっせとAmazonに欲しいものリストを登録し、「おすすめ商品」をたくさん紹介してもらい、図書館でネット検索&予約している。
しかし、アーキテクチャから逃れているわけではないので、反抗というよりはちょっとかわす程度のことですが・・・・・・。
投稿者 hyodo in
コンピュータ
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June 2, 2009
都市がつまらない理由
なんとなく図書館で目に付いた宮台真司の『ダイアローグズⅠ』を借りた。この本は、1994~99年の間に新聞・雑誌などに掲載された宮台が参加した対談・鼎談・座談会をまとめたものである。さまざまな人物とのやりとりが交わされているのだが、全部読むのは大変なので興味がある相手のところだけ読んだ。島田雅彦、宮崎駿、上野千鶴子、岡田斗司夫、藤原新也、田中康夫、広末涼子、東浩紀、福田和也、隈研吾、山本直樹 etc.....
援助交際関係の記述が多く、当時の宮台の興味がよくわかり、どちらかというと宮台マニア向けの本といった感じである。上野とのやりとりは対談の内容よりずっと面白かったり、宮崎駿や藤原新也は違う一面も見れるし、東とは初顔合わせだったり、山本とは一ファンとして対談するなど、なかなか楽しめる。
そういった中で、隈研吾が司会役を務めた「すべてはバラック建築にすぎない」という日本の建築と都市をテーマにしたシンポジウム(パネリスト:福田和也×宮台真司×島田雅彦、掲載誌:『建築ジャーナル1999年12月号』)を興味深く読んだ。10年前の対談なので、このメンバー全員の大御所感は今ほどではなかったはずだが、言論の世界はそれほど変化がないのだなぁ、と感じた。
塚本由晴が気まぐれな都市のありようを(アイロニカルに)肯定し無害化する作法を建築界に浸透させたせいか最近都市論は流行っていないようだし、ドバイやシンガポール、中国の諸都市は注目されてはいるが、コールハースのいう「ビッグネス」そのもので、建築家は主体的にプランにかかわることができなくなったので建築界で都市が論じられることはここ10年で少なくなっていたことも、変化が少ないと感じた遠因かもしれない。
さて、パネリスト各人の主張をものすごく簡単にまとめると、
福田:日本はシステム的に建築どころか民主主義も国もデザインできないのだから、都市がバラックで埋まってしまっているのは仕方がない。これを克服するための2つの選択肢がある。ひとつは超越的な権力によって都市をデザインする、もうひとつはバラックである現状を肯定することである。
宮台:モニュメンタルな建築や国家権力に対抗してアンチモニュメンタルであろうとした70年代の建築は、考え方がすでにズレていた。80年代は、いちいちヴァナキュラーな物語を建築に付加させようとしたことが現実から乖離していた。90年代になってハコモノ単体に物語を込めることを否定的にとらえようとする姿になってきたことは、非常に自然で必然的に思われる。日本の建築家たちの歴史や公的な文脈に対する鈍感さを指摘したい。
島田:バラックであることをキチンと認識してからモニュメンタル云々の意味をもっと深く考えるべき。でもバラックであるかあこそ時間的歴史的な制約を持たないことから来る自由だけは持っているのだから、それを前向きに建築の条件としてもよいのでは。自宅に関してはパブリックと共同体の関係の調整方法や、生活と建築物のアクティブな関係に興味がある(その後の発言で南大東島の島民の生活について言及しており、南大東島の生活に影響されて自宅のコンセプトを考えたようだ)。
隈:3人の建築家に対する批判は、バラックだからこそ注意深く設計せよ、コミュニカブルなものを設計せよ、ということで要するにあたりまえのことをあたりまえにやれということで、結論は極めてモデレートである。今、気になっているのは、委員会や審議会システムなどで意見を聴取してものを(建築を)つくっていくと、コミュニケーションに配慮した建築ができるというような幻想がある。言語が計画に優先するという錯覚に基づいたシステムがどんどん都市をつまらなくしていく危険があるような気がする。
さすが隈さん、3人の批判を受け入れながらもその批判のありきたりさを逆に批判しないながら牽制した。言説は、もの(建築)ができてから発せられるあとだしジャンケンのようなもので、あとからならいくらでも欠点をあげつらうことができる。また、もの(建築)の仕様に関して有識者が何かを提案・要求したとしても、それは極めてベタで慣習に捕らわれたつまらぬ言説がほとんどである現実がある。
隈:建築がモニュメンタルであるべきか、あらざるべきかと問われれば、どちらとも言えないというべきであり、モニュメンタリティーを否定したものの中にはしばしば逆説的に別種のモニュメンタリティーが浮上してしまう。都市に対して開くべきか閉じるべきかと問われれば、どちらとも言えないというべきであり、開くべき部分もあれば閉じるべき部分もあるはずなのである。~中略~一言でいえば言説が現実に優先した時代(戦後50年のこと)だったのであり、言説によって現実が歪められ、破壊された時代だったのである。
投稿者 hyodo in
建築
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May 27, 2009
クローズアップ現代「そして、ローンだけが残った」を観て
本日のNHKクローズアップ現代「そして、ローンだけが残った~相次ぐ住宅メーカーの破たん~」を観た。番組で大きく取り上げられた経営破たんした注文住宅メーカー富士ハウスとアーバンエステートの2社の負債総額は 70億円で、未完成住宅は 2,500軒という大規模な被害が生じた。ちなみにアーバンエステートは、僕が住んでいる川口に本社のあった企業であり、いやが上にも興味深く番組を観ることになった。
問題とされていたのは、この2社が、着工前に住宅の工事費全体の8割以上を施主に前払いさせていたことである。工事費全体の5%を値引きすることによって前払いを誘導していた。2社の経営破たんにより、着工前もしくは着工後間もない状態で工事がストップしているにもかかわらず、工事費全体の8割以上を施主が負担することになってしまった。
番組でも説明していたが、住宅の工事費の支払いは、下記のように行われるのが普通である。(かっこ内は総工事費を2,000万円とした場合の例)
・契約時 1割(200万円)
・着工時 3割(600万円)
・上棟時 3割(600万円)
・竣工事 3割(600万円)
このように支払われていれば、リスクはある程度分散されるが、2社は、契約時に8割~10割(1,600万~2,000万円)を前払いするよう値引きにより誘導したために、被害が深刻になってしまったわけである。
ちょっと気になったのは、キャスターの国谷裕子が、「この支払方法は商習慣の悪用であり、そのために今回のような被害が生じた」という趣旨の発言を繰り返していたことである。国谷キャスターは博識で公正で大変優秀な方だと思うが、この件に関しては大きな勘違いなさっていると思う。この事件は、上記のような住宅工事の一般的な支払い方法をしなかったために被害が大きくなったのである。ちなみに昨年秋の金融危機の際にマンション・ディベロッパーの破たんが相次いだ時に問題となったのは、今回の問題とは逆であった。マンションの売れ行きが好調だったころディベロッパーはゼネコンに対して次のように支払いをしていた。
・着工時 1割
・上棟時 1割
・竣工事 8割
ディベロッパーは支払い時期をシフトすることにより、本来工事費の支払いに充てるべき資金を投資に回して稼いでいたのである。しかし投資していた資金が金融危機で目減りしてしまい、ディベロッパーは工事費を支払えなくなり倒産してしまった。そして中堅ゼネコンは工事費が回収できなくなり、連鎖倒産するケースが生じた。先の住宅メーカーとは支払いの比重が逆だが、どちらにも共通するのは、極端な支払い時期の偏りがこのような悲惨な状況を生み出しているのである。
国谷キャスターは、「完成後に全額支払いが当たり前」ともとれるようなニュアンスを含ませていた。確かに消費者のリスクは完全に回避されるだろうが、それでは工事側は立ち行かなくなるか、建設費が高くなり、消費者にとって住宅建設の負担は増すだけだろう。ゲスト出演していた住宅工事訴訟問題の弁護士の犬塚浩氏は、「住宅は価格が高いために、(1割+3割+3割+3割という)支払いの慣例は致し方ないというより妥当である」という趣旨の発言をしたので、番組は、公正さを欠く情報に偏らずに済んだ。
さて、このような悲劇を回避する方法として、番組では次の2つを紹介していた。
・完成保証制度の利用
・出来高払いでリスクを減らす
完成保証制度は、保険料が掛かるのはしょうがないとしても、工事会社が倒産した時に保険金が受け取れる条件が厳しく、そのような事態が生じた場合、必ずしも施主の負担が軽減されない、と番組では言っていたが、僕もそう思う。
出来高払いで 5回くらいに分けて支払うのは、消費者と工事会社の双方にとって、負担やリスクを軽減できる最良の方法だろう。番組ではコンサルタントに依頼するために、工事費の1%が施主の負担となると言っていた。
僕が設計事務所を経営しているので、いささか宣伝になってしまうが、注文住宅の計画の場合は、住まい方、趣味など気の合う建築設計事務所に依頼することをお勧めする。まともな事務所であれば、綿密な打ち合わせとプレゼンテーションによって、これから立てる家を十分シミュレートできるだけではなく、工事会社を競争入札や出来高払い等の支払い方法の条件付けによって選定することも含め、資金計画、構造・設備計画等コンサルタント的な業務もできるからである。最近は設計事務所の敷居も低いし、大抵相談料は無料なのでまずは相談してみてるのはどうだろうか?特に注文住宅の計画は設計事務所へ依頼することにより、今回の悲劇のようなリスクは回避できる。
投稿者 hyodo in
建築
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May 20, 2009
なかなか使いやすいUSBレコードプレイヤー

USBターンテーブルを購入するに至るまで
事務所の棚の一角を占めるレコードを処分しようと決心し、どこに売るのが一番お得なのか?ネットを調べたり、友人に尋ねたりしていたのだが、せっかく集めた音源なのでただ処分するのはあまりに寂しい(惜しい、悲しい、無念?様々な感情が入り混じる)ので、せめてジャケの写真は撮っておこうと、200枚ほどをホワイトスチレンボードを背景に、窓の和紙スクリーンで室内に差し込む光を拡散させて、1日がかりで撮影した。1枚1枚はたきで埃を落としてから撮影し、ジャズ、ジャズ・ボーカル、ボサノヴァ、サントラ、オルタナティヴ・ロック(昔は New Wave と言われていた)、'60'sと売りやすいようにジャンル分けもした。そうして撮影したジャケ画像をPCでスライド・ショーにして眺めていると、ジャケ全体のデザイン・コンセプトが明快に見えてくると同時に、手に持って眺めるときには気がつかなかったオーラとも言うべき経年変化がなぜかデジタル画像は写しだしていることに気が付いた。複製技術によって生まれたレコードは量産されることによってアウラを喪失しているはずだが、個人の手に渡った後は「時間と空間が縺れ合って、(中略)一回限りの現象」(ベンヤミン『複製技術時代の芸術作品』)がオーナーとレコードの間に生じるのかもしれない。・・・・・・といった感じにセンチメンタルに浸りながら哲学する自分を楽しんだし、さっさと売ろう!と思ってみるのだが、ジャケ画像を眺めていたら音も聴きたくなってきたので、ターンテーブルを買ってPCに録音してからレコードを売ることにした。
レコードプレイヤーを選ぶ
父からもらったテクニクスの SL-1200(初代!)を持っていたのだが、10年ほど前からレコードを買うことはなくなり、更に5年前にフォノアンプが壊れからレコードを聴いていなかったこともあり、昨夏に事務所を改装した際に SL-1200 は処分してしまった。なのでレコードを聴くためにはターンテーブルを新規購入しなければならない。「今どきレコードプレイヤーを買う人なんているのかな?」と思いながらアマゾンを検索してみると、驚くことにかなりの種類の製品がある。SL-1200 は Mark6 が出ているし、Vestax、ソニー、デノンなども継続して製品を供給している。売れ筋は、1万円前後のフォノアンプ内蔵の安価なプレイヤーで、ラジカセなどのAUXに接続すればフォノアンプが無くても聴くことができる製品である。このランクの製品にはPCへの録音が手軽なUSB接続できる製品が最近出てきている。僕の PC にはミニジャックの内臓サウンド・カードしかないが、フォノアンプやオーディオ・カードまでそろえるつもりはなかった。①手軽に録音でき、②低性能と思われる内臓サウンド・カードを使わないで、③しかも安価に機材や録音ソフトをそろえることができる、ということを考えて USB 接続可能なプレイヤーで一番安価なオーディオ・テクニカの AT-PL300USB(購入時¥15,761)をアマゾンで購入した。他の同様な機能の製品としてソニー PS-LX300USB(2万円強)がある。
実際に使ってみて
初めてフルオートプレイヤーを使ったのだが、"START"ボタンを押すだけでアームが自動的に動き、カートリッジがレコードにダウンするので、それだけでレコードを掛ける手間がかからず結構手軽に聴ける。使い勝手が良いので「全部処分するのは止めて、いらないレコードだけ売ることにしよう」と心変わりした。PCへの録音は付属の録音ソフト「Audio Creater LE」で行うが、操作は簡単。この手のソフトを使うのは初めてなので、機能や使い易さが他の製品と比べて優れているのかどうかはわからないが、僕には十分のようだ。録音したデータはレコードのA面B面ごとに wav データで保存している。wavで保存している理由は、①後々曲ごとの切り分けなどの編集作業をする気になったときに、録音データは非圧縮であった方がいいだろうということと、②非圧縮なのでデータサイズは大きいが、録音するレコードは150枚程度なのでハードディスクを圧迫することはないからである。「Audio Creater LE」は mp3 データへの保存は限定的で、ユーザ登録後1カ月間しか mp3 エンコーダを使用することができない。継続的に使用するユーザは約2000円でmp3エンコーダのシリアル番号を入手することができるのだが、そんなケチなことはやめた方がいいと思う。というのは mp3 エンコーダはフリーソフトも入手可能なようだし、iTunes ユーザなら AAC エンコーダで wav データを m4a データに簡単に変換できるので、安価なレコードプレイヤーでしかも USB接続可能な製品を買うようなユーザがわざわざ有料オプションの mp3 エンコーダを購入するとは思えない。このような有料オプションはユーザに悪い印象しか残さないのではないだろうか?(と少なくとも僕は思う)
その他気がついたこと
録音するとなるとレコード表面の埃が気になるので、レコードクリーナーも買った。プレイヤーのメーカーと同じオーディオ・テクニカの製品で「レコードクリニカ AT6017」。静電気の発生しにくい湿式で、キレイに埃が取れオススメ。
投稿者 hyodo in
コンピュータ
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April 27, 2009
チラシ投函を防止する方法

僕の借りているアパートの集合ポストには、毎日のようにチラシが投函されます。肝心の手紙や通知書などがチラシにまぎれるのが不快なので、なんとか防ぐ手段はないかと思い、いろいろ考えてみました。
- 大きな字で「チラシお断り!」など書いたシールをポストに貼る。
- 更に「チラシ投函料 100円頂きます」と付け加えてみる。
良いアイデアが浮かびません。実行する前に、他の人たちはどう対処しているのか?ネットで調べてみました。
- チラシ投函防止商品> 銀影工房
- ヤフー知恵袋> 「チラシお断り」ではなく、投函したら「1枚につき100円いただきます」と表示すると
- All About 住まい>「ピンクチラシ」投函を減らすあの手この手
- OKWave>営業用チラシの投函への対処
いろいろ読んでみますと、ポストに投函されるチラシを不快に思っている人が実に多いことに驚かされると同時に、本質的な解決策はないことがわかりました。
更にネットを調べてみると、次のようなブログ記事が目に留まりました。
OpenMagicVox.net> 迷惑なチラシ対策
記事を読めばわかりますが、ブロガーのぴろり氏は、他のチラシ対策を考えている人たちとちょっと異なるスタンスを取っています。なにしろ、あまりイライラしていらっしゃいません。チラシ防止対策を、「実験」と「観察」というゲームに変換し、むしろ面白がっている様子です。その余裕さに僕のイライラも納り、真似をしてみることにしました。
現在第1段階。上画像がそれで、文字は「HGP行書体 40pt 赤」とし、人の視線位置から鉛直に近くなる角度で投函口のすぐ下に貼ってみました。もうすぐ1週間になります。ヤンキーっぽい行書体のパワーなのか、今のところチラシ投函数ゼロです。まだ第1段階なのに思っていたより効果があるので、ちょっと残念でもあります。早く「監視カメラ作動中」、「投函した者の顔写真をネットで公開します」という次のフェーズに移りたいです(笑)。
投稿者 hyodo in
雑記
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March 17, 2009
Twitterを始めてひと月

昨夜、NHK BS1「きょうの世界」11時台で Twitter の特集があった。Twitter とは、ひとり言をつぶやく場所を提供し、それを世界に発信するウェブ・サービスである。番組によると、アメリカでは Twitter のつぶやきが重要度や影響力の高い情報となってきているということであった。
僕自身はTwitterをはじめてひと月ほどなのだが、僕の 3D 空間に住まう (このような表現をするのは、もはや「現実」や「リアル」という言葉の意味が変化し始めているなぁと最近実感するからである) 友人知人からこのサービスを教えてもらったのではなく、ネットでその存在を知った。このウェブ・サービスでできることは、
- 1投稿当たり140字以内のテキストをポストすること
(タイトルをつけなくてよいところが良い)
- そのテキストを自分と自分のフォロワーの画面にリアルタイムに表示すること
- 自分をフォローしている人の「つぶやき」を自分の画面にリアルタイムに表示すること
基本的に以上の3点だけである。ダイレクト・メッセージという機能もあるが、僕が思うに重要な機能ではない。ウェブ・サービスとしては3年ほど前からあるらしく、また似たような他のサービスも存在し、「ミニブログ」というカテゴリーに属するようだ。mixi でも「エコー」という表面上似ているサービスがある。
どうしてこんなサービスがあるのかよくわからない、というのが僕の最初の印象だった。なぜなら、何の役に立つのか?はっきりしないし、他人が聞いてくれているかどうかわからないから消極的なコミュニケーションしかとれなさそうだし・・・。まぁ、やっているうちにわかるだろう。このわからなさが Twitter の魅力のように思えるし、日本で一般的に知られるまでに3年もかかった理由だろう。
先に述べた自分のフォロワーや自分をフォローしてくれる人を探すには、ウェブ・メーラの連絡先を利用する方法がある。Gmail や Hotmail のユーザなら、Twitter から連絡先を読み込み、Twitterを利用している友人・知人を探せる。僕は、Gmail ユーザだが、連絡先に登録してある200人中 Twitter ユーザはわずか3人だった。200人のうち、半数は mixi に登録していると考えられるので、これは極めて少ない。ちなみにmixi の「エコー」もほとんど使われていないようだ。そんな感じなので、日本では全然流行っていない Twitter だが、そのうちブレイクするのではと思っている。
それでも注目されている理由だが、次のことにあると思う。
- 少し愚痴をこぼしたい、ちょっと自慢したい、多少とも共感したい、というささやかで自分でもすぐ忘れてしまうような感情を受け入れてくれる場所を提供するウエブ・サービスは今までなかった。
- 電話やメール、チャットのように、一対一のコミュニケーションではないので、「つぶやき」を言いっ放しにしておいても、他人の「つぶやき」に共感しても放置プレーしてもよい。それが前提として認められていので、自由に振る舞える。mixi のように足あと付けて廻ったり、ブログのようにコメントして回るような気づかいは(いまのところ)必要ない。
- Twitter上のフォロワーたちの情報はリアルタイムの口コミ情報であり、ある程度の信頼性がある。google 検索などの検索エンジンで得られる情報は、検索ロボットの巡回によって集めれれているので、ニュースのようなリアルタイム情報は検索に引っ掛からない。また、ネット上の膨大な情報から必要な情報が得られるにしても、ユーザのリテラシーがあるほど、その真偽を判断するのに疲れてしまっているのではないか。
他にも情報をカテゴリーに分けるという概念が、希薄で働きにくいことや、自分に身近な情報をやり取りしていたつもりが、スモール・ワールド現象的にずいぶん遠くまで届く、ということなどもあるだろう。
なんだか Twitter 的ではない方法で Twitter を語ってしまいましたが、新しいタイプのウェブ・サービスであることは確かだと思います。ブログにもTwitterのウィジェットを貼り付けてみました。ちなみに僕のTwitterのアドレスを下記にお知らせします。
http://twitter.com/buryoshaki
今日の写真
今月初めに、京都へ行ってきました。写真は10年振りに訪れた伏見稲荷の鳥居です。 Twitterのタイムラインをイメージしてみました。
投稿者 hyodo in
コンピュータ
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