October 15, 2009

pen 11月1日号に「牛堀の古民家・土蔵リノベーション」が掲載されています

牛堀の古民家リノベーション立面

本日発売の pen 11月1日号 (阪急コミュニケーションズ) の特集「リノベーションで、理想の家づくり」にて当ブログ管理人 hyodo が主宰する兵藤善紀建築設計事務所が設計・監理を行った「牛堀の古民家リノベーション」、「牛堀の土蔵リノベーション」が掲載されています。掲載ページは 54~55p です。書店にお立ち寄りの際には是非ご覧くださいませ。

また兵藤事務所のウェブにはリノベーションの過程をご紹介しておりますので、こちらもご覧ください。どうぞよろしくお願いいたします。 » 兵藤善紀建築設計事務所

 

 

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June 2, 2009

都市がつまらない理由

なんとなく図書館で目に付いた宮台真司の『ダイアローグズⅠ』を借りた。この本は、1994~99年の間に新聞・雑誌などに掲載された宮台が参加した対談・鼎談・座談会をまとめたものである。さまざまな人物とのやりとりが交わされているのだが、全部読むのは大変なので興味がある相手のところだけ読んだ。島田雅彦、宮崎駿、上野千鶴子、岡田斗司夫、藤原新也、田中康夫、広末涼子、東浩紀、福田和也、隈研吾、山本直樹 etc.....

援助交際関係の記述が多く、当時の宮台の興味がよくわかり、どちらかというと宮台マニア向けの本といった感じである。上野とのやりとりは対談の内容よりずっと面白かったり、宮崎駿や藤原新也は違う一面も見れるし、東とは初顔合わせだったり、山本とは一ファンとして対談するなど、なかなか楽しめる。

そういった中で、隈研吾が司会役を務めた「すべてはバラック建築にすぎない」という日本の建築と都市をテーマにしたシンポジウム(パネリスト:福田和也×宮台真司×島田雅彦、掲載誌:『建築ジャーナル1999年12月号』)を興味深く読んだ。10年前の対談なので、このメンバー全員の大御所感は今ほどではなかったはずだが、言論の世界はそれほど変化がないのだなぁ、と感じた。

塚本由晴が気まぐれな都市のありようを(アイロニカルに)肯定し無害化する作法を建築界に浸透させたせいか最近都市論は流行っていないようだし、ドバイやシンガポール、中国の諸都市は注目されてはいるが、コールハースのいう「ビッグネス」そのもので、建築家は主体的にプランにかかわることができなくなったので建築界で都市が論じられることはここ10年で少なくなっていたことも、変化が少ないと感じた遠因かもしれない。

さて、パネリスト各人の主張をものすごく簡単にまとめると、


福田:日本はシステム的に建築どころか民主主義も国もデザインできないのだから、都市がバラックで埋まってしまっているのは仕方がない。これを克服するための2つの選択肢がある。ひとつは超越的な権力によって都市をデザインする、もうひとつはバラックである現状を肯定することである。


宮台:モニュメンタルな建築や国家権力に対抗してアンチモニュメンタルであろうとした70年代の建築は、考え方がすでにズレていた。80年代は、いちいちヴァナキュラーな物語を建築に付加させようとしたことが現実から乖離していた。90年代になってハコモノ単体に物語を込めることを否定的にとらえようとする姿になってきたことは、非常に自然で必然的に思われる。日本の建築家たちの歴史や公的な文脈に対する鈍感さを指摘したい。


島田:バラックであることをキチンと認識してからモニュメンタル云々の意味をもっと深く考えるべき。でもバラックであるかあこそ時間的歴史的な制約を持たないことから来る自由だけは持っているのだから、それを前向きに建築の条件としてもよいのでは。自宅に関してはパブリックと共同体の関係の調整方法や、生活と建築物のアクティブな関係に興味がある(その後の発言で南大東島の島民の生活について言及しており、南大東島の生活に影響されて自宅のコンセプトを考えたようだ)。


隈:3人の建築家に対する批判は、バラックだからこそ注意深く設計せよ、コミュニカブルなものを設計せよ、ということで要するにあたりまえのことをあたりまえにやれということで、結論は極めてモデレートである。今、気になっているのは、委員会や審議会システムなどで意見を聴取してものを(建築を)つくっていくと、コミュニケーションに配慮した建築ができるというような幻想がある。言語が計画に優先するという錯覚に基づいたシステムがどんどん都市をつまらなくしていく危険があるような気がする。


さすが隈さん、3人の批判を受け入れながらもその批判のありきたりさを逆に批判しないながら牽制した。言説は、もの(建築)ができてから発せられるあとだしジャンケンのようなもので、あとからならいくらでも欠点をあげつらうことができる。また、もの(建築)の仕様に関して有識者が何かを提案・要求したとしても、それは極めてベタで慣習に捕らわれたつまらぬ言説がほとんどである現実がある。


隈:建築がモニュメンタルであるべきか、あらざるべきかと問われれば、どちらとも言えないというべきであり、モニュメンタリティーを否定したものの中にはしばしば逆説的に別種のモニュメンタリティーが浮上してしまう。都市に対して開くべきか閉じるべきかと問われれば、どちらとも言えないというべきであり、開くべき部分もあれば閉じるべき部分もあるはずなのである。~中略~一言でいえば言説が現実に優先した時代(戦後50年のこと)だったのであり、言説によって現実が歪められ、破壊された時代だったのである。


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May 27, 2009

クローズアップ現代「そして、ローンだけが残った」を観て

本日のNHKクローズアップ現代「そして、ローンだけが残った~相次ぐ住宅メーカーの破たん~」を観た。番組で大きく取り上げられた経営破たんした注文住宅メーカー富士ハウスとアーバンエステートの2社の負債総額は 70億円で、未完成住宅は 2,500軒という大規模な被害が生じた。ちなみにアーバンエステートは、僕が住んでいる川口に本社のあった企業であり、いやが上にも興味深く番組を観ることになった。

問題とされていたのは、この2社が、着工前に住宅の工事費全体の8割以上を施主に前払いさせていたことである。工事費全体の5%を値引きすることによって前払いを誘導していた。2社の経営破たんにより、着工前もしくは着工後間もない状態で工事がストップしているにもかかわらず、工事費全体の8割以上を施主が負担することになってしまった。

番組でも説明していたが、住宅の工事費の支払いは、下記のように行われるのが普通である。(かっこ内は総工事費を2,000万円とした場合の例)


・契約時 1割(200万円)
・着工時 3割(600万円)
・上棟時 3割(600万円)
・竣工事 3割(600万円)


このように支払われていれば、リスクはある程度分散されるが、2社は、契約時に8割~10割(1,600万~2,000万円)を前払いするよう値引きにより誘導したために、被害が深刻になってしまったわけである。

ちょっと気になったのは、キャスターの国谷裕子が、「この支払方法は商習慣の悪用であり、そのために今回のような被害が生じた」という趣旨の発言を繰り返していたことである。国谷キャスターは博識で公正で大変優秀な方だと思うが、この件に関しては大きな勘違いなさっていると思う。この事件は、上記のような住宅工事の一般的な支払い方法をしなかったために被害が大きくなったのである。ちなみに昨年秋の金融危機の際にマンション・ディベロッパーの破たんが相次いだ時に問題となったのは、今回の問題とは逆であった。マンションの売れ行きが好調だったころディベロッパーはゼネコンに対して次のように支払いをしていた。


・着工時 1割
・上棟時 1割
・竣工事 8割


ディベロッパーは支払い時期をシフトすることにより、本来工事費の支払いに充てるべき資金を投資に回して稼いでいたのである。しかし投資していた資金が金融危機で目減りしてしまい、ディベロッパーは工事費を支払えなくなり倒産してしまった。そして中堅ゼネコンは工事費が回収できなくなり、連鎖倒産するケースが生じた。先の住宅メーカーとは支払いの比重が逆だが、どちらにも共通するのは、極端な支払い時期の偏りがこのような悲惨な状況を生み出しているのである。

国谷キャスターは、「完成後に全額支払いが当たり前」ともとれるようなニュアンスを含ませていた。確かに消費者のリスクは完全に回避されるだろうが、それでは工事側は立ち行かなくなるか、建設費が高くなり、消費者にとって住宅建設の負担は増すだけだろう。ゲスト出演していた住宅工事訴訟問題の弁護士の犬塚浩氏は、「住宅は価格が高いために、(1割+3割+3割+3割という)支払いの慣例は致し方ないというより妥当である」という趣旨の発言をしたので、番組は、公正さを欠く情報に偏らずに済んだ。

さて、このような悲劇を回避する方法として、番組では次の2つを紹介していた。


・完成保証制度の利用
・出来高払いでリスクを減らす


完成保証制度は、保険料が掛かるのはしょうがないとしても、工事会社が倒産した時に保険金が受け取れる条件が厳しく、そのような事態が生じた場合、必ずしも施主の負担が軽減されない、と番組では言っていたが、僕もそう思う。

出来高払いで 5回くらいに分けて支払うのは、消費者と工事会社の双方にとって、負担やリスクを軽減できる最良の方法だろう。番組ではコンサルタントに依頼するために、工事費の1%が施主の負担となると言っていた。

僕が設計事務所を経営しているので、いささか宣伝になってしまうが、注文住宅の計画の場合は、住まい方、趣味など気の合う建築設計事務所に依頼することをお勧めする。まともな事務所であれば、綿密な打ち合わせとプレゼンテーションによって、これから立てる家を十分シミュレートできるだけではなく、工事会社を競争入札や出来高払い等の支払い方法の条件付けによって選定することも含め、資金計画、構造・設備計画等コンサルタント的な業務もできるからである。最近は設計事務所の敷居も低いし、大抵相談料は無料なのでまずは相談してみてるのはどうだろうか?特に注文住宅の計画は設計事務所へ依頼することにより、今回の悲劇のようなリスクは回避できる。

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March 5, 2009

無印良品の家 『朝の家』 に思うこと

綱島家

昨日、無印良品の家のメルマガからサイトのほうを見ると『朝の家』という新しいラインナップが目に入ってきた。この一般的な建売住宅とたいして変わらない『朝の家』を見ていろいろと考えることがあった。「無印もここまで来たか」というのが僕の正直な感想だ。

一昨日、無印から「家と家の場所についてのミニアンケート」というメールが来ていたので回答した。アンケートの主な内容は、「戸建てとマンションのどちらに住みたいか?都市と郊外のどちらに住みたいか?」というものだったのだが、その設問がやたらポジティブというか、売る側に都合のよい文脈で都市や郊外を捉えている内容だったので、ちょっとウンザリしていた(これまで下着や収納等に関するアンケートに協力したことがあるのだが、それは新しいコンセプトで様々な消費者のニーズにも答えるような商品を開発したいという意気込みが感じらる内容だった)。なぜなら無印は都市と郊外を次のように定義していたからだ。

 

都市:住むと交通の便もよく、通勤だけでなく外食したり買い物に行くのも便利です。(各設問では、商業施設や病院、学校などの施設が多い娯楽施設など遊ぶ場所が多いなど)

 

郊外:通勤には多少時間がかかっても、緑豊かな自然の中で過ごすことができます。(各設問では、空気もきれいで、緑が多く、自然が豊か、緑や水辺など自然環境がよい、郊外の方が安心して子育てができる、ペットなども飼いやすい、静かでゆったりとした環境に住め、騒音や日当たり、近隣問題に比較的悩まされにくい)

 

都市を肯定的にとらえ、多くの問題に目をつむればそのような認識になるかもしれないが、無印が考える郊外はいったいどこを想定し、どんな幻想を抱けばそんな認識になるのだろうか?19世紀末のロンドン(ハワードの田園都市)の時代ではあるまいし。アンケートなんだから、消費者の都市や郊外に対するイメージのリサーチもすればいいのに、そんな安っぽいことを前提にして無印のイメージ・ダウンになるよ、と言ってあげたかった。

もし無印良品の家で宅地開発をすれば、MUJI的なフィクショナルな街が出現し、そこに住む人たちのライフスタイルが、他の大手開発と比べても圧倒的にMUJIに近似して表象するだろう。そういった意味では無印の家の開発地域は、国道沿いのジャスコやファミレス、TSUTAYAやケータイ・ショップなどが林立するハードな現実と向き合った郊外ではなく、MIJI的幻想を再生産し続けることができるように、「緑が多く、自然が豊か」な書き割りで現実を隠したシミュラークル的郊外でなくてはならない。しかし、そういったことをふまえて都市や郊外を論じていないことに問題があるのである。単に僕がそれを読み取れなかったのなら、それでいいのだが・・・。

そんなわけで現実の社会を見つめる者としては、MUJIの都市・郊外の認識に関しては甚だ疑問抱かざるを得なかったが、『朝の家』のアーキテクチャは、『木の家』、『窓の家』と比較してポストモダン社会と妥協しながら生活していく様式が整えられている、とも言える。商品化住宅として、戦略的に良く考えられているのである。

ところで、『木の家』と『窓の家』はMUJIのファン層の厚みの割に売れなかったのだろうか。『木の家』は、大変優れた設計思想とハードウェアを持つ『箱の家』をベースにしている住宅だが、設計者の意図とは離れて、家族の理念モデルがいわゆる家父長的家族が想定されているように見えることがあり得るため、ポストモダン的な荒々しい郊外に住む個人化したMUJIファンには敬遠されたのだろうか。もう一方の『窓の家』は、そのコンセプトに精神的な豊かさを求めることを本気で取り組んだため、MUJIファンの現実的な興味から離れていってしまったのかもしれない。また『木の家』と『窓の家』は結局のところ、オルタナティヴな居住施設の提案であり、政治的・消費的な住宅政策・宅地開発からは距離を置き、国家を支える「家族」という生活単位に不信を抱いているようにみえる。また、『木の家』と『窓の家』の設計者を少しでも知る者ならば、「家族」という問題に対して近代的核家族のイメージを批判することはあっても、ベタな家族像をあえてでも肯定することはないであろうことは容易に想像できる。その証拠に『木の家』と『窓の家』のウェブページには「家族」という言葉は使われていない。

その点『朝の家』は、現代では多義・多様化してしまった「家族」をリビングアクセス型プランよって、近代的核家族のイメージに引き戻す戦略を採った。また、若い核家族向けであることを強調することによって高齢者・介護問題を免れながら、2階に個室群を配して家族の流動性・個人主義には対応する、というポストモダン社会の「家族」に適応したアーキテクチャであろうとしている。先に僕が批判した無印の都市・郊外の認識が見当違いだったり単なる戦略であったとしても、消費者は、無印の良き都市・郊外のようなイメージを欲しているである。なぜなら核家族像をあえて虚構することによって「普通の家族」を装うことができ、高齢者問題に目を背け (これはもっと大きな問題なので言いすぎだと思いますが)、古典的な概念では普通ではない多様な人の集まり――「現実の家族」――も収容できる、というようなスペックをポジティブに飾り立ててくれるからである。これなら安心して長く暮らせそうだ。既に、郊外型宅地開発向けにMUJIファンだけでなく広く受け入れられそうなMUJI的シミュラークル・シティ (ユーカリが丘。2戸だけなのでMUJI的共同幻想は成り立たないだろうが) が販売されている。・・・・・たぶん売れるだろう。

さて、いろいろ好き勝手書きましたが、軒樋の納まりなんかはキレイですし、一階のサッシとバルコニーの関係も良くできていると思います。


今日の写真
江戸東京たてもの園にある綱島家です。こうやってあらためて見ると茅葺の古民家ってモダンで本当に美しいですよね。


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February 17, 2009

「建物のカケラ ~一木努コレクション~」を観て

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東京都立小金井公園内にある江戸東京たてもの園にて、3月1日(日)まで。一木努コレクションのことは、藤森さんか赤瀬川さんの本で知っていたが、実際に拝見するのは初めて。なんと23年ぶりの展示とのこと。久々にかなり行きたいと思っていた展覧会だったのだが、実際の展示は僕の過大な期待を裏切らない大変密度の高い、小さい会場にもかかわらず様々な粋が凝らされ、楽しめる内容だった。


一木コレクションとは、主に大正~昭和20年代に建てられた建物が、高度成長期からバブル経済期を経て現在までに取り壊された近代名建築の残骸の一部(石、レンガ、タイル、モルタルの破片、金物、手すり、建具など)を独自の審美眼で採取・保存したものである。収集物はあくまでも「カケラ」であって再利用可能なものは極めて少ない。収集範囲は全国に900ヵ所及び、今回の展示ではそのうちの700点が展示されている。驚くべきはこれらのコレクションは一木さんの本業(歯科医)の傍ら、建物の解体現場に通い収集されたものであることである。


僕が訪れた2月15日(日)には、会場に一木さんご本人がいらっしゃったので、少しお話することもできた。以下、その内容の記録。


hyodo:今回の展示はどのような経緯で実現したのですか?

一木さん:たてもの園の学芸員の方(浅川範之氏)が家までコレクションを見にきて、是非展覧会をやりたいということで実現しました。


hyodo:コレクションはどのように保存されているのですか?

一木さん:大体は段ボールにカケラとそのメモと一緒に入れて、借りている納屋に積み上げています。


hyodo:このカタログは無料で頂いていいのですか?すごい密度の内容ですね。売れますよね(薄いが内容は濃い。これを貰いに行かない手は無い)。

一木さん:いいでしょ。学芸員の方が作ってくれたのですが、僕もこれなら売れると思うんですけどね。


ちなみに「建築の忘れがたみ―一木努コレクション」( INAXブックレット1985年刊、絶版)は現在高額で取引されている。


ここで、お知り合いが会場にいらっしゃり会話は途切れてしまい残念。展示順路を辿って行くと会場の出口の壁には「時」の字があった。その木製切り文字は、一木さんの地元下館にあった時計店の看板文字なのだが、この日拝見したどちらかというとユーモラスにさえ見える「カケラ」たちの本心を最後に突きつけられたような気がしてドキリとした。


帰り道、いろいろと「建物のカケラ」展のことを考えた。思いついた順に述べる。

  1. 第一勧銀本郷支店の天井飾りと、徳島県庁の換気口が欲しいな。日仏会館や吉阪隆正邸のタイルも良かった。
  2. 一木さんは近代建築の遺族なのだな。ただ集めるだけで(不動産・建設業界に)批評性を帯びてしまう行為ゆえ、23年間も展示が途絶えてしまったのかも。
  3. MビルやM地所、M不動産など(Mが着くところが多いな)のトップにはわからない・解れないだろうな。自己矛盾・自己批判となったとしても展覧会の援助すれば、彼らにメリットこそあれデメリットはないだろう。なぜなら彼らの援助があれば一木コレクションの批評性が弱まるからである。
  4. もっと大会場でやっても良い内容と点数の展覧会だったから南条さんがM美術館でやったりしたら面白いのに。RCAビルの壁画にレーニンを描いたリベラのように追い出されたりして。でもロックフェラーはギャラは支払ったけど・・・・。


今日の写真

江戸東京たてもの園には27棟の移築・復元建築物がある。この写真は「常盤台写真場」(昭和12年建築)の写場。北側の大きな高い窓からの光が気持ち良い空間をつくっています。


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