April 3, 2005

私の写真整理術・ハードウェア編

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まずは私の機材を公開!

カメラ:PENTAX MZ-3 シルバー
レンズ:FA★24mmF2AL, FA28mmF2.8AL, FA35mmF2AL, FA50MMF1.4AL, SIGMA AF105mmF2.8EX MACRO
使用フィルム:フジカラー SUPERIA Venus400, KODAK SUPER GOLD 400
フィルムスキャナ:KONIKA MINOLTA DIMAGE SCANDUAL Ⅳ
ネガホルダー:CHIKUMA ネガティブフィルムバインダー 06262-2
バッグ:karrimor sector 25

上記のように、自慢するほどのものではありません。しかもカメラはこの1台のみなので、最近予備の MZ-3 の購入を検討しています(Sさん、使っていないようでしたら売ってください)。


とにかく持ち運びが便利なこと
なぜPENTAX MZ-3 かというと、私は常にカメラを携帯したいので小型軽量である必要がありました。購入した '99年当時世界最小最軽量であった MZ-5の後継機にあたる MZ-3は事実上の世界最小最軽量機種でした。また建築物やインテリアを主に撮影したかったので、明るく高性能な広角レンズも必要でした。PENTAX には FA★24mmF2AL という魅力的な広角レンズがあり、このカメラを選んだ決め手になりました。


携帯するためのバッグはカメラとA4書類が別々に入る2コンパートメントの小型バックパックで、手帳や筆記用具が取り出しやすく、ペットボトルや折りたたみ傘がサイドポケットに入り、ウエストベルトなど山仕様の装備は取り外し可能な製品です。長い間探していたのですが、ぴったりの製品を東急ハンズで発見。下のポケットにヨドバシカメラで売っていた500円くらいのクッションケースと一緒にカメラを入れているので、ラフにバックパックを扱ってもカメラは壊れません。


単焦点レンズしか持ってない
単焦点レンズはズームレンズと比較して画角という選択肢が減る分だけ撮りやすいと思います。しかもレンズが明るいので、ピントがどこにあっているかわかりやすいし、速いシャッターが切れるのでブレも少なくなります。解像力などのレンズ性能もズームレンズより一般に高いようですが、私はそこまでのこだわりはありません。


ネガフィルムしか使わない
リバーサルフィルムは高いし、フィルムの特性上露出を何段階か替えての撮影が望ましいので使用しません。その点ネガフィルムは1回の撮影で済むし、フィルムも現像もプリントも安くて良いことずくめです。まあこんな風に書くとリバーサル派の方に叩かれそうですけど。


プリントはしない、現像のみ
プリントするとアルバムが大量に必要になり、置き場所にも困ります。またプリントといっても全部キャビネなどにするわけではなくどうせサービスプリントです。よってプリントはせず、現像しかしません。コストも押さえられます。


そこでフィルムスキャナ登場
ネガフィルム現像のみでは何を撮ったのか全くわからないので、フィルムスキャナで全コマを1170×780ピクセル程度の低い画素数でスキャンします。この画素数なら等倍でモニタ上の画像を確認できますし、データも軽いのでハードディスクの容量を気にすることもなく扱いやすいのです。もしいい写真が撮れたなら、そのコマだけ1000万画素級でスキャンし直すかプロラボでプリントを注文すればいいのです。デジカメではこうはいきません。希にしか撮れない傑作のために常に最高画素数で撮影しなければなりませんので、撮影データは膨大になり、プレビュー、ちょっとした画像調整やプリンタ出力もその処理に時間がかかることになります。しかしスキャニングはフィルム1本当たり30分は掛かるし面倒です。それでもここ5年間でフィルムスキャナは安く速く高性能になり使いやすくなりました。


フィルムはナンバリングしてファイルに保存
フィルムにはスリーブ毎コマ毎に番号をつけてネガホルダーに保存しています。この番号はスキャンデータのファイル名と一致させておきます。そうすればモニタで見たの画像からのフィルム検索が簡単です。ホルダー1冊に36枚撮り40本分をファイルできる製品を使っています。年間120本撮影しても厚さ32ミリのA4ファイルが3冊増えるだけです。又、この製品は上吊り式のホルダーなので、くたっと斜めになってフィルムに変な曲がり癖が付きません。


ほかにもフィルムで撮り、スキャナで取り込む長所はまだありますが、これは次回「~ソフトウェア編」にてご報告したいと思います。

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February 24, 2005

サラックス VS ヘチマ

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私は風呂で体を洗う垢擦りタオルにサラックスを子どもの頃より愛用している。昨夜、背中を洗うためにサラックスの両端を引っ張ったら一部が切れてしまったので、新しいのを下ろすことにした。


私は旅行に行くときもサラックスを持っていく。ホテルにある普通の綿タオルに石鹸を付けて洗う感触が嫌なのである。洗った気がしない。サラックスは程よい刺激で石鹸の使用量も少しで済み、旅行中はまことに都合が良いし、何より自宅と同じ感触で体が洗える。朝にシャワーを浴びても、朝食を取ってチェックアウトする頃には乾いている。


東急ハンズのバス用品売り場へ行くと、たくさんの種類の垢擦りやブラシが売られている。美容や健康をうたったコピーがついていて結構なお値段である。馬毛の背中ブラシなどはとても良さそうだ。でもちゃんと乾かさないと、木の柄にカビが生えそうだし、旅行先には持っていけない。私は400円のサラックスで十分だ。


以前、アンマンのダウンタウンにある雑貨屋の軒先にサラックスが吊るされて売られているのを見てびっくりした。値段は500円位。日本語の説明のまま売られていた。ハマムで使う人が多いのだろうか?中東の国にまで輸出されているのだから、欧米でも売られているのかもしれない。ちなみにサラックスは MADE IN JAPAN である。


さて新しいサラックスを下ろそうと思って、私はバス用品が入っている籐籠のワゴンのふたを開けた。「サラックス・ふつう」と「サラックス・スーパーソフト」が入っていた。前者は私用で後者は母用である。それとは別に昨年ウズベキスタンで買った大きな天然ヘチマが2本 目に入った。タシュケントのバザールで丸々2本1US$だったので、思わず買ってしまったのである。すっかり忘れていた。天然ヘチマは長持ちはしないがとてもいい。一時期くれるひとがいたのでやはり愛用していた。結局、サラックスを下ろすのをやめて、ヘチマにすることにした。


サラックスのパッケージのコピーには「魔法のヘチマクロス」とある。本物には負けるかも知れないけど、とてもいいんですよ!


※雑草の写真は本日休みます。

投稿者 hyodo in 写真 | 記事本文 | コメント (7) | トラックバック (0)

February 15, 2005

雑草の写真

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昔、まだ自分が建築設計でやっていくかどうか迷っている頃、建築会館で開かれていたセミナーの設計課題で、「自然を発見する家」というテーマが出題されたことがある。文字通り、「自然を発見する家」を設計せよという課題である。コンセプトをまとめていく過程で、受講者はまず「自然」を感じるものや現象をサンプリングし、各々プレゼンテーションを行った。


美しい幾何学の自然がある
・雪や鉱物の結晶。
・蜂の巣のハニカム。
・花。


人工物との対比で感じる自然がある
・川原で拾った角のとれた色ガラス片。
・木の根に食われかけたアンコール遺跡。
・菓子にたかる蟻。
・石鹸で洗っても落ちない魚のぬめり。
・廻る風車や水車。
タレルの「ブルー・プラネット・スカイ」もこれにあたる。


記憶の中の自然もある
例えば、香港の高層ビル街に住むベトナム人が自然を感じる唯一のときは、カフェオレを飲むときかもしれない。きっと郷里のメコンの水(カフェオレ色)を想い出させるからだ。


妄想の自然もある。
これはメディアによって日々仮想体験している。
例えば、南極、サハラ砂漠、アルプス山脈のようにテレビや雑誌でしか見れないような極端な地域の自然である。これこそ自然だと思っている人は多いのではないだろうか。しかし、これは非常に限定された自然なのである。


考えれば考えるほど「自然」とはとらえどころがなく、その姿がぼやけてしまう。また感じ方は人によって違うのである。


そこで私は、身の回りにあって人がコントロールできない現象を「自然」と限定して探してみた。地球の自転公転、日光、天気をのぞくと、郊外の住宅地には以外と「自然」は少ない。鳥、虫、雑草くらいであった。


その中から雑草を取り上げて、調べてみることにした。


雑草は、農業をされている方からみれば、全く迷惑なものである。雑草のためにものすごい金と労力を費やしている。そして私たちは田畑で収穫される農作物の恩恵を受けている。人間からみると不必要であり、存在しないほうが望ましい。


その一方で、雑草は、その土地の本来の植生へ戻すための斥候のような役割を持つ。ナウシカに出てくる腐海のような役割があるのである。もし何も生えていない土地があれば、最初は背の低い雑草が生えてくる。それからススキなどの背の高いものへと遷移し、雑草は低木に取って代わり、更に高木へと次第に大型の植物に変化していく。そして日本の場合、最終的に森になってしまうのだそうだ。ならば雑草を抜くということは、大げさに言うと、未来の森を破壊していることかもしれない。


それを知ってから、道路のひび割れや、縁石やブロックの隙間など、環境の悪い場所に生えている雑草を見ると、生命力の強さやしたたかさだけでなく、明らかに将来森林になる可能性もないのにチャンスをうかがうその姿勢に宗教的な感動を覚えてしまうのである。


そんな想いで、雑草の写真を撮っている。

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January 19, 2005

新正体不明/赤瀬川原平

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赤瀬川の写真集最新刊が我が家にある。
先週、母が買って帰ってきた。


路上観察的視点は洗練された写真作品になった。
超芸術トマソンは実際ゲイジュツになってしまった。
村田珠光のいう「雲まの月」だ。
武野紹鴎のいう「草の座敷」だ。
「侘び・さび」の次にくる新しい美意識だ。


ここまで言うと嘘になるかな。


でも、絵画、写真、骨董、モダンアートetc...、
何かしらの目明きになりたい人は必読の書かも。
千利休―無言の前衛」という本も著しているし、
勅使河原宏の「利休」の脚本も書いている。


こんな風に書いていると、
彼をよく知らない読者の方は、
お茶の世界の人と思われるであろうが、
実はあまり関係ない。


それでも、現代における
本当の意味での茶人だと思う。

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January 1, 2005

あけましておめでとうございます

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あらためまして、hyodoです。

今年も無聊な記事を発表する所存です。よろしくお願いいたします。


今日の写真は年賀状です。昨年、ロシア・中央アジアを旅行したこともあり、ロシア語で新年の挨拶をいれました。


ガリーナさん、先日はロシア語のご指導ありがとうございました。

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