November 28, 2008

「本のあつまるところ|第一回 都築響一さん」を聴いて

IMGP5960.jpg

11月20日(木) 19:00~川口メディアセブンにて、都築響一氏による講演があった。
備忘録としてメモをまとめる。


1.ボロ ―青森のノラ着コレクション―
 貧困からくる機能美。
 アートとクラフト・・・アートの方がむしろ形式にこだわっている。
 クラフトには作為が少ない分、時に新しい発見がある。


2.刑務所良品 ―普通すぎる家具たち。究極の典型―


3.スナック ―ママのキャラだけが勝負の厳しい世界―
 日本全国27万件の中で一番多い店名は「ライムライト」
 長くやっている店は面白い。


4.テクノロジーの懐疑

  1. サミスダート(ソ連の地下出版)
    コピー機の使用も当局に届けなければならない状況下では、タイプライターによるカーボン複写で5部作成が限度。
  2. ガリ版謄写技法
    ガリ版春本の謄本をガリ版で忠実再現。1000部するのが限度。
  3. レディコミの見出し
    DTPソフトなど使わなくても、コピー機を使った手動エフェクトで多彩なフォントを得る。
  4. トルマリンブレスの広告
    明らかに胡散臭い内容なのに、細かい字で読みづらいのに、ついつい読んでしまう。
  5. チェコの写真家 Miroslav Tichy
    元美大生のホームレスは、少女たちへの情熱のあまり、段ボールとメガネでカメラを作り、印画紙の端切れにプリントした。
  6. 台湾のお爺さんの女性ファッション誌スクラップブック
    リタイア後は昔集めた女性ファッション誌の美しい女性たちをハサミで切り抜き、古雑誌に貼り付け。
  7. ボール紙のレコード
    聴けないレコード、音楽は作者の心の中に。
  8. アマチュア写真家の写真集
    自費出版写真集の中に埋もれた、とてつもないコンセプト写真集を探す。「おとめ汽行」など。


5.どりゃーおじさん ―飛び降りる崖を求めて―
 究極の崖、東尋坊に20000回飛び込む男。朝日放送「探偵ナイトスクープ」を観賞。


まとめ――これらの人々に共通している要素――

  1. それに懸ける猛烈な情熱。
  2. 自分がアート作品を作っている、アート・パフォーマンスをしている、という認識の欠如。


感想
僕たちが普段思っているアートというのは、既存の美が形式化されたものである。美を意識しながら何かを作るということは、既存の美の枠組みにとらわれているということだ。芸術が人に感動をもたらすのはもちろんだが、芸術が芸術自体に揺さぶりをかけるとするならば、芸術は美に先行する。美は芸術が人々に認識されながら文化として定着していく過程で社会化された感情なのかもしれない。


また、この講演でMiroslav Tichyを知ったことは大きな収穫であった。
>グーグルイメージ検索の結果はこちら


この人は、ホームレスのような生活をしているのだが、少女たちの写真を撮りたいという尋常でない思いに駆られて、カメラをダンボールで自作した。自分の風貌の怪しさにより被写体に近づけないということもわかっていたので、老眼鏡などの眼鏡のレンズ(多分拾ったもの)をボール紙の筒に嵌め込んで望遠レンズや引き伸ばし機までも自作した。現代では信じられないようなローテクにより、古風で幻想的な作品が生まれた。作品は彼本人のためのものであったが、誰だかに見出され作品は高額で取引されているらしい。プリント(おそらくカメラ店で捨てられていたプリント紙の端切れ)は彼による額装(やはり拾った紙を切ったもの)がされており、展覧会では彼の額装された作品にマットをつけて更に額装して展示されいると同時に、ボール紙のカメラや彼の風貌も彼の作品と同等(それ以上かも)感銘を読んでいるらしい。


とりあえずポンピドーセンターでの展覧会のカタログが欲しくなった。


今日の写真
今週初めに益子に行ってきました。朝、益子の森の展望台からの風景です。富士山のような山は芳賀富士(標高271.7m)。益子の森の敷地内にある内藤廣設計のフォレスト益子(おススメです)に泊まり、陶器店を巡りながら荒物探しをしたのですが、結構面白い掘り出し物がありますね。おしゃれなカフェギャラリーも多く楽しめる町です。

投稿者 hyodo in アート 写真 | 記事本文 | コメント (0) | トラックバック (0)

July 28, 2008

「メディアをめぐる7つの話 01:写真 多木浩二」を聴いて

_IGP3970.jpg

川口メディアセブンの企画「メディアをめぐる7つの話」の連続トークセッション「01:写真 多木浩二」を聴きに行った。備忘録としてメモした内容をまとめる。


-------------------------- ここから --------------------------

畠山、デマンドの写真作品
どちらもなんとなく既視感のある街の風景のような作品なのだが、空虚で白々しい雰囲気がある。何を撮りたいのかわからない。それもそのはずで、両名の作品は自分で街や建築の模型を作り、それを写真に撮っているからである。意識的に一見なんでもないような、つまらない街の風景写真にしているのである。それゆえに我々の認識を揺るがし、写真の表現行為を台無しにするような作品となっている。


リアリティーの逆転
かつてはカメラの前に何かがあった。写真は現実を支持していた。
今や現実は問題ではなく、写真が現実を支持しているとは限らない。


不連続な点
そもそも写真が発明される以前に、写真が生まれるような知覚的世界に我々は住んでいた。ルネサンスによって、遠近法が発見され、世界の知覚の変化(不連続点が生じた)があった。遠近法に慣れていたので、写真が発明されたときに、それを容易に受け入れることができたのである。
全てのメディアのデジタル化により、「写真があるので人間がある」というような写真の確かさはなくなり、写真は重要なメディアではなくなった。今後写真には人間的な視線はなくなり、人間的ではないまなざしになっていく中で新たな不連続点が生まれるような気がする。


加速する歴史とアーカイブを残したいという意志
歴史の流れはすべてを空虚にし、無に向かっている。それとぶつかりあうようにアーカイブを残したいという意志がある。写真とは記憶しようとする意志のひとつであるのではないだろうか?
メディアテーク(メディアの棚)を使いたいという意思は生命の力がもたらすものである。また、メディアテーク自身がメディアテークを破壊してしまうということも認識する必要がある。


まとめ
写真がメディアによって無になっていくことを実感することが、写真とメディアを考えることである。その無になって行く流れを直視し、過去に戻ろうとしたり、ノスタルジーに浸ったりすることなく、現実の「ギラギラしているメディア」のなかで、生命、人間性をあえて問うことが重要で、そういう写真家も出てきている。しかし、それを潰してしまうような力をメディア(もちろん川口メディアセブンを含む)が内在していることを忘れてはならない。

-------------------------- ここまで --------------------------


郊外の図書館でのトークセッションとは思えないような、メディア(もちろん写真も)の本質的問題点を容赦なく切った濃い内容でした。最後の方で「スライドを流さなければよかった」とおっしゃり、語りたかった内容が特定のイメージに固定化されたくない様子でした。ベンヤミンの「複製技術時代の芸術」(多木さんによる解説本がある)にも軽く触れましたが、現代のメディアの状況は、今では大きく変化していると考えていらっしゃるようでした。


多木さんは「『ギラギラしているメディア』のなかで、人間性をあえて問う写真家も出てきている」とおっしゃったので、たとえばどんな写真家か?と質問させていただいたのですが、具体的な写真家の名前はお答えせず、にそういった写真家に気付いて欲しい、見つけて欲しいような感じでした。


また、「私は写真を撮りません」とおっしゃっていましたが、私の手元には「建築家・篠原一男 幾何学的想像力」(著者:多木浩二、青土社 2007)があり、篠原さんの建築を撮っていらっしゃいます。


次回、「02:印刷 松田行正」も面白そうです。


今日の写真
近所の店舗什器工場がいつの間にかただの医療品倉庫になっていました。舗装された犬走りには雑草が生え始めていました。

投稿者 hyodo in 写真 | 記事本文 | コメント (0) | トラックバック (1)

May 25, 2005

ソフト・ハウスの写真

25_1009_04

先日より始めたシリーズ写真を紹介する。ソフト・ハウスとはビニルハウスやテントなどのメンブレインを使用した簡易工作物とここでは定義したい。前回の写真は簡易工作物では無かったが、ちょうどウズベキスタンの暴動がニュースになっていたので載せた。


ソフト・ハウスの特徴は、屋根が光を透過する素材で明るかったり、壁が無かったり、床が土間や外部と同じだったりすること、壁や床があったとしても外の様子がよくわかることである。ようするに雨はしのいでくれるかもしれないが、外気や外敵から身を守ったり、プライバシーを保ったりするには心許ない建築のことである。


今回のシリーズではその魅力を紹介していきたいと思う。今日の写真は、フェルガナ盆地のキルギス側の都市オシュの巨大なジャイマ・バザールの宝石商が集まるセクション。宝石は鞄ひとつで商えるので、食料・衣料品のバザールと違って屋根の下に店が少ないのが特徴。

投稿者 hyodo in 写真 | 記事本文 | コメント (2) | トラックバック (0)

April 9, 2005

透明な恋の視線

09_0282_04

今年初めだったと思うが朝日新聞の企画広告に内田也哉子(樹木希林の娘、本木雅弘夫人)が載っていた。昔、既に廃刊となった雑誌「太陽」で彼女は写真評を書いていて、そのときの彼女の肩書は「主婦」。誠実な文章、自分を粉飾しない姿勢に好感が持てた。新聞に載っていたプロフィールで初めて知ったのだが私より6歳も若いということがわかり、ものすごく驚いた。「太陽」で写真評を書いていただけでもスゴイのに、あれは25歳前後で書いた文章だったのだ。このひと「大人」だ。


そして先日、本屋でたまたま美術手帖を手に取り開いたページに内田の川内倫子評が載っていた。その評論の内容は要約すると「人は恋をすると世の中のものがすばらしく見える。川内の写真にはそれを感じる」というものだった。


透明な恋の視線!


誰だって繰り返し経験する常に新しい視覚世界だ。私は3月の午後の光にそれを感じていた。真冬の空気のほうが物理的透明度は高いかもしれないが、少しずつ水分を含みはじめた大気は、霞で視界をぼやけさせても、強くなり始めた陽光を甘美にやわらげても、オレンジ色の光はくっきりと輪郭を見せるのだ。そんな光に照らされるならば、工業団地を流れる直線的な放水路も、その脇の無機的な倉庫でも、特別なものに映るだろう。それに共感してくれるひとがいるならなおさらだ!


今日から倉庫シリーズです。

投稿者 hyodo in 写真 | 記事本文 | コメント (6) | トラックバック (1)

April 5, 2005

私の写真整理術・ソフトウェア編

05_1282_04

前回の記事「私の写真整理術・ハードウエア編」の続きです。


ソフトウェア編と言っても使用アプリケーションについて語るわけではありません。実際に使用しているアプリケーションはフィルムスキャナ付属のドライバソフトとPhotshop Element 2.0だけです。ここでいうソフトウェアとは、私が心がけていることのことです。


何度も自分の写真を見る
たくさん写真を撮っていると素人でも偶然いい写真が撮れていることがあります。しかしそれは見落しがちなことです。見落とさないために多くの時間を費やして、つまらなくても自分の写真を1枚ずつ何度も繰り返して見ています。それに何度も見ていると自分の写真のことが客観的にわかってきます。例えば、「自転車の写真がやたら多いな」とか「いつも地平線が右下がりだ」とか「弱い光だとつまらない被写体も美しく見えるな」など色々と傾向や長所短所に気が付きます。


写真集を集める
カメラ機材には大して興味がないので、その分写真集の収集に充てています。写真集は高価なものが多いので、財政上衝動買いはしないようにしています。しかし 2回以上巡り会ったときは運命を感じて購入モードになってしまいます。そして何冊か買っていくうちに自分の好みがわかってきます。私のお気に入りの写真集はプロフィールでも紹介していますが、全体として殺伐としていて、被写体らしきものは等価的で焦点の定まらないようなありふれた光景を撮影したものが多い傾向にあります。一見普通でつまらないそのような被写体が美しく切り取られたことに奇跡を感じますし、この場合はきっと現実よりも写真のほうが美しいのでは?と考えています。この場合は被写体よりも写真作品そのものに価値があるということになります。逆に被写体にもともと備わっている魅力が全面に現れてくるような自然や動植物、人物の類の写真集はあまり興味がありません。あえて写真家に見せてもらわなくても「知ってるよ」と思うからです。初めて知る光景だったとしても「そうだろうね」としか思いません。このような場合は写真より現実のそのものを見たくなるので、写真作品よりも被写体そのものの方に価値があります。例えば、「アイドルの写真集」と「アイドルその人」とどっちがいい?って訊かれたら、誰だって選ぶ方は決まっているでしょう。


話がずれてしまいましたが、写真集を集めそれらを眺めた後でファインダーをのぞいてみると、見えてくる世界はずいぶん広がってきたな感じるときがあります。


撮りためた写真をすぐに閲覧できること
写真の管理はコンピュータを使うようになってから楽になりました。フィルム約500枚毎にフォルダにまとめていますが、サムネイルもあるので探している写真にたどり着き易く、「あの写真はどこだっけ?」ということが激減しました。「無聊写記」で発表している写真は被写体別に分類していますが、これらの写真は最初から目的を持って撮影されたわけではなく、撮影後フィルムデータを1枚1枚見ているうちにある傾向を持ったものや同じテーマにまとめられるグループを発見し、そのテーマに沿った写真を拾い集めた作品です。


つらつらと写真について考えていることを2回の記事にまとめてみました。
雑草シリーズは今回でおしまいです。次回シリーズは「倉庫」です。

投稿者 hyodo in 写真 | 記事本文 | コメント (2) | トラックバック (0)

| 1 | 2 | 3 | 4 |