2004年12月20日

私もはまった「冬のソナタ」

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今週は旨いとんかつを2回も食ったり、第九を聴きに行ったり、鎌倉に紅葉を見に行ったり、新しい気の置けない仲間と飲んだりしたので、それらを記事にしたかったが、緊急の事態が生じた。本日より「冬のソナタ—完全版」が放映されるので、その前にひとこと申し上げたくなったのだ。

改めて告白したい。私は「冬のソナタ」にはまった。3回は見たような気がする。「24 season-1,season-2」よりはまったと思う。私を直接ご存知の読者は呆れ、かなりもしくは完全に引いたかもしれない。もしかしたら携帯の電話帳から私を消去し始めたことであろう。しかし私は恐れないぞ。諸君全てを失ってもいい。論じてみることにする。

私の見解は世間とは異なる。あれは決して純愛ドラマなどではない。嫉妬とエゴイズムが渦巻くドロドロの男女関係の物語だ。軽やかでさわやかな主人公たちに目を奪われたり、濃厚なラブシーンがないからといって純愛だのと単純に解釈して子どもに見せたりしてはいけない。

このドラマのポイントは、主人公ユジンとチュンサンの情報価値の優先順位の付け方、及びその伝達方法にある。彼らは客観的事象の伝達と、感情の伝達を巧妙に使い分けている。

例えば何かしら誤解を受けている場合でも、彼らは真実を客観的に語ることによって誤解を解こうとしたりはしない。相手に気が付かせるように振舞い、最終的に相手が認識するまで放っておく。それにより、誤解させるようなことをした方が悪いのではなく、誤解した方が悪いことになるのである。更に相手の自意識の過剰さを暗に責めることにもなり、より高いアドバンテージを得ることに成功している。

更にユジンもチュンサンもお互いの本当の感情を相手に語ることがない。相手の心の負担を軽くするための思いやりだって?甘い、絶対にそれは違う。語らない理由は、自明のことだからである。だから本心ではない言葉を語ることによって、逆に愛情を証明し、時には相手を追い込み、これまたアドバンテージ獲得をしているのである。

恋人たちはふたりにしか通じない多くの言葉を持つものであろうと思うが、それにしても彼らは過剰である。しかも常に軽やかなアドバンテージ合戦をしているのだから疲れるだろうな。ドラマの終盤では実際仕事どころではなくなってしまう。こんなことを書いていると、なんて穿った見かたをするのかとご批判を頂きそうだが、私が言いたいのは、彼らには偽りの無い真のエゴイズムがあるということである。

サンヒョクもチェリンも恋の相手を束縛したり、嘘を責めたりする。事実を伝えているだけかも知れないが戦略的には間違いだ。より大きな自由を与えることにより相手に規範を作らせなければ長続きはしないだろう。民主主義社会とはそういうものだ。恋愛と社会体制は関係ないし、恐怖政治の方がお好みの方もいらっしゃるであろうが、ひとつのコツであることは否めないと思う。

まだまだこのドラマについて語りたいことはいくらでもあるが、それは今日からの放送を観てからにしようと思う。また観るのかと自分でもあきれる(笑)

カテゴリー:映画 |  コメント (10) |  投稿者:hyodo

コメント


onuma

韓国まるごと総集編とかいうの9時からやってた。
Kドラマについてのね。両親が点けてたので
一緒に見てました。その後の冬ソナコンサートは
再放送で既に録画がうちにありました、、。
午後2時くらいからやってたけど知らなくて、夕方
軽井沢から帰ってきた親に、なぜ録画してくれない
のと怒られる。「知らなかったんだからしょうが
ないよ」といつものように呆れ気味(笑)
で、9時からの分は録画して。。。
ということで、親が二人してはまってしまい
雑誌・CD・DVDなど買いまくっています。
冬ソナツアーで韓国の春川(チュンチョン)と
南怡島(ナムソム)などにまで行ったもよう。
再放送の時、私も途中までみたけど
続かなかった。。。(笑)
うちにはDVD全巻セットがありますので
いつでも見れるという(見ないけど)。。。
完全版にそなえ今日は空ビデオ10巻セットを
仕入れて両親たち興奮気味です。
なぜそこまではまれるのか今もって私は謎ですが
趣味は人それぞれなのでほっといてます。
でも韓国は大好きですよ。「冬のソナタ」もここ
まで国民的規模で流行らなければ応援しちゃって
たかも!?
韓国は仁寺洞(インサドン)が大好きです。
ここの白壁の耕仁美術館で食べた宮廷菓子と
お茶は最高!!
他にも小鳥の飛ぶ喫茶「イエンチャチップ」や
宮廷ご飯を食べた、壷が沢山飾ってある
「オウロンドウロン」など古典的インテリアの
素敵なお店が集中している。そんな
骨董通りという名に相応しい店々を
漫ろ歩きするのがとても楽しかった。
露天商から怪しいかも?な急須と古い日本の貨幣
を買ってみたり。。。ふしぎな空間でした。

2004年12月20日 @ 3:28 AM


onuma

「冬のソナタ」の脚本は日本の
「キャンディキャンディ」にヒントを得た
らしいのですが、私も見始めて数回目から
これ「少女マンガ」だっ!と思い始めました。
あの雪の並木道なんて、まさに少女マンガの
シチュエーション。そして登場人物が記憶喪失
というのも良く少女マンガに出てきます。
(「キャンディキャンディ」では丘の上の
王子さま・アルバートさん)
「キャンディキャンディ」は全巻持ってるのです。
小学校のときのマイ・バイブルですから(笑)
ネックレスというアクセサリーがストーリー
に花を添えるのも「キャンディキャンディ」と
同じです。因みに私は「タイタニック」を見た
時も「キャンディキャンディ」の一部パクリ
かと思いました。ネックレスが話のキーに
なっていますし、船上での出会いとかも似て
いた。要は大ヒットする話のネタって周到に
用意立てされた世界なんですよね。
だから観客はそのゲームの上で転がされてるの
を自ら楽しむということなる。それでも
いいというファンだけ残るという仕組み(笑)

2004年12月20日 @ 3:47 AM


onuma

ちなみに「キャンディキャンディ」
のキーとなるアクセサリーは
丘の上の王子さまが落としていった
アードレー家という貴族の紋章
の形のブローチです。あと
「タイタニック」でもう一つ似てるとこは
身分の違うもの同志の恋というところ。
ですが「キャンディキャンディ」自体
西洋のいろんなとこからイメージの借用
があるのだから、手塚治とディズニーの
パクリ合戦(ミッキーと鉄腕アトム、
ジャングル大帝とライオン・キングなど)
のように、持ちつ持たれつ。。
ってとこでしょうね。まあ人間のDNAが
相当変化しない限り、興味のテーマも
そんなに大きく変わることは
ないのでしょう。

2004年12月20日 @ 3:59 AM


onuma

手塚治虫さんね。。虫を忘れた。
無視できなくて、、んーんサムイ。

2004年12月20日 @ 4:02 AM


韓国製品を売るものとして、あのドラマで韓国のイメージがあがった事は確か。
でもいつまで続くかな・・・・
韓国人ってすっごく感情的で、わかりやすいものが好きなんだよ。
だからあのドラマなんじゃない?
よく恋愛で、別れようとかいうと
じゃあ、僕はもう死ぬよ!
とかよく言われたよ。
国民性だねぇ。

2004年12月20日 @ 10:46 AM

嫉妬とエゴイズム。
いいですね!その言い切り!!
この記事を世のおばさま方に突きつけたら赤面するんじゃないでしょうか。たぶん当人たちも判ってはいると思うんですよね、その事実を。ただ「純愛」という耳障りのいい言葉に置き換えていただけで。
僕はこれまで冷やかしに最終回を観たほかは大体のあらすじしか知らなかったのですが、興味が出てきました笑

2004年12月20日 @ 12:30 PM

私も、仕事で必要に迫られて見てました。『仕事だから』と言い訳しながらも、実はけっこうハマってたかも(笑)全ての登場人物があまりにも自己中心的に事を進めるので、毎回衝撃を覚えていました。でも恋愛なんて『ジコチュー』の極みですもんね。
今放映中の『ラ○○クリスマス』というドラマは、青春ドラマ的要素と一昔前のトレンディドラマ的要素に『冬ソナ』的純愛要素をプラスしたようなドラマですが、その要素のどれも中途半端でさっぱり入り込めない・・・その点『冬ソナ』は良くできてるなぁと思うし、日本のドラマももっとがんばれ!と思ってしまいます・・・

2004年12月20日 @ 1:21 PM


tapioka

完全版<冬のソナタ>は韓国語・字幕放送なんですよね?吹替え版とは、違った楽しみがあるかも。
 韓国のドラマって、あのもどかしさが<ウリ>ですよね?みた人の大半が、ツッコミを入れたくなるような展開が毎回入っていて、何時になったら気づくんだよぉって思いながら見入ってしまう。
 また、今日から(分っているのに)どっぷりはまるんだろうなぁ、私も・・・。

2004年12月20日 @ 8:54 PM


GITANES

hyodo師が色物にはまったりするのは今に始まったことではないけれども、なんというか、その、福田和也の読みすぎです。
そろそろ素直なまでもいられない歳なのですねぇ、という反面、プライベートまでマキャベリストとして生きるにはまだ先が長すぎるなー、とも思います。
御自愛召されよ

2004年12月20日 @ 11:06 PM

onumaさん、確かにプロットで読み解いていくと、ありふれた物語ですよね。
しかも交通事故とか記憶喪失とか大げさで馬鹿馬鹿しいし。それとは異なる次元でなんだか魅力を感じるんですよ。
猫さん、わかりやすさでいえば中国映画もそうでしょ。だから印象に残るのかな。韓国人は感情的かもしれないけど、このドラマではむしろ日本のドラマよりずっと感情が抑えられているような気がしましたよ。
taqujiさん、おっしゃるとおりだと思います。人は自分の過去をとても強く肯定したがるけど、実は後悔も非常に多い。冬ソナはその気持ちの両方を癒して満足させてくれるようなドラマなのではないのかなと。ただしプロットだけで見ては面白くないです。
(ぴ)さん、たぶん日本の今のドラマはエゴの表現が中途半端なんですよ。「・・・この世の汚さの半分までは、本当のエゴを発揮しない人たちによって生み出されているんだ」どうです?共感できませんか?(『ゾーイー』サリンジャー)
tapiokaさん、僕は大のチェ・ジウファンなのかと思っていたのですが、「美日々」「天階」などその他の韓国ドラマにははまれなかったな。なんでだろ。でも「チャングム・・」は面白いです。見てる?
GITANESさん、福田和也にしたって、さまざまな書物からのヒントで話しているだけですよ。彼はそれを一般的ではないレイヤで解釈してみせる。その不快さをプライベートな問題として持ち込むのを恐れるのは、癒し場がなくなってしまうからでは?
でも君に相談するといつも自分が浄化されるのを感じますよ。僕のほうが上品だと思っていたんだけどね。負けました。

2004年12月22日 @ 6:11 PM

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