2009年6月2日

都市がつまらない理由

なんとなく図書館で目に付いた宮台真司の『ダイアローグズⅠ』を借りた。この本は、1994~99年の間に新聞・雑誌などに掲載された宮台が参加した対談・鼎談・座談会をまとめたものである。さまざまな人物とのやりとりが交わされているのだが、全部読むのは大変なので興味がある相手のところだけ読んだ。島田雅彦、宮崎駿、上野千鶴子、岡田斗司夫、藤原新也、田中康夫、広末涼子、東浩紀、福田和也、隈研吾、山本直樹 etc…..

援助交際関係の記述が多く、当時の宮台の興味がよくわかり、どちらかというと宮台マニア向けの本といった感じである。上野とのやりとりは対談の内容よりずっと面白かったり、宮崎駿や藤原新也は違う一面も見れるし、東とは初顔合わせだったり、山本とは一ファンとして対談するなど、なかなか楽しめる。

そういった中で、隈研吾が司会役を務めた「すべてはバラック建築にすぎない」という日本の建築と都市をテーマにしたシンポジウム(パネリスト:福田和也×宮台真司×島田雅彦、掲載誌:『建築ジャーナル1999年12月号』)を興味深く読んだ。10年前の対談なので、このメンバー全員の大御所感は今ほどではなかったはずだが、言論の世界はそれほど変化がないのだなぁ、と感じた。

塚本由晴が気まぐれな都市のありようを(アイロニカルに)肯定し無害化する作法を建築界に浸透させたせいか最近都市論は流行っていないようだし、ドバイやシンガポール、中国の諸都市は注目されてはいるが、コールハースのいう「ビッグネス」そのもので、建築家は主体的にプランにかかわることができなくなったので建築界で都市が論じられることはここ10年で少なくなっていたことも、変化が少ないと感じた遠因かもしれない。

さて、パネリスト各人の主張をものすごく簡単にまとめると、

福田:日本はシステム的に建築どころか民主主義も国もデザインできないのだから、都市がバラックで埋まってしまっているのは仕方がない。これを克服するための2つの選択肢がある。ひとつは超越的な権力によって都市をデザインする、もうひとつはバラックである現状を肯定することである。

宮台:モニュメンタルな建築や国家権力に対抗してアンチモニュメンタルであろうとした70年代の建築は、考え方がすでにズレていた。80年代は、いちいちヴァナキュラーな物語を建築に付加させようとしたことが現実から乖離していた。90年代になってハコモノ単体に物語を込めることを否定的にとらえようとする姿になってきたことは、非常に自然で必然的に思われる。日本の建築家たちの歴史や公的な文脈に対する鈍感さを指摘したい。

島田:バラックであることをキチンと認識してからモニュメンタル云々の意味をもっと深く考えるべき。でもバラックであるかあこそ時間的歴史的な制約を持たないことから来る自由だけは持っているのだから、それを前向きに建築の条件としてもよいのでは。自宅に関してはパブリックと共同体の関係の調整方法や、生活と建築物のアクティブな関係に興味がある(その後の発言で南大東島の島民の生活について言及しており、南大東島の生活に影響されて自宅のコンセプトを考えたようだ)。

隈:3人の建築家に対する批判は、バラックだからこそ注意深く設計せよ、コミュニカブルなものを設計せよ、ということで要するにあたりまえのことをあたりまえにやれということで、結論は極めてモデレートである。今、気になっているのは、委員会や審議会システムなどで意見を聴取してものを(建築を)つくっていくと、コミュニケーションに配慮した建築ができるというような幻想がある。言語が計画に優先するという錯覚に基づいたシステムがどんどん都市をつまらなくしていく危険があるような気がする。

さすが隈さん、3人の批判を受け入れながらもその批判のありきたりさを逆に批判しないながら牽制した。言説は、もの(建築)ができてから発せられるあとだしジャンケンのようなもので、あとからならいくらでも欠点をあげつらうことができる。また、もの(建築)の仕様に関して有識者が何かを提案・要求したとしても、それは極めてベタで慣習に捕らわれたつまらぬ言説がほとんどである現実がある。

隈:建築がモニュメンタルであるべきか、あらざるべきかと問われれば、どちらとも言えないというべきであり、モニュメンタリティーを否定したものの中にはしばしば逆説的に別種のモニュメンタリティーが浮上してしまう。都市に対して開くべきか閉じるべきかと問われれば、どちらとも言えないというべきであり、開くべき部分もあれば閉じるべき部分もあるはずなのである。~中略~一言でいえば言説が現実に優先した時代(戦後50年のこと)だったのであり、言説によって現実が歪められ、破壊された時代だったのである。

カテゴリー:建築 |  コメント (0) |  投稿者:hyodo

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